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41. 母親の顔より見たエステル様の土下座。


「......わかった。いいよ」


 あ、馬鹿。何を言ってるんだ俺は。


 俺に宣戦布告したサヴァンはというと、多分俺が断ることを想定していたんだろう。あんぐりと口を開けた。


「ええ!? それだったら先にオレと決闘してくれよぉ!」


 アイタナがぷっくり頬を膨らませ、俺の腕をさらに強く抱きしめる。

 おかげで俺の腕全体が柔らかい感触に包まれる。馬鹿どころかとんでもない策士だな俺と鼻の下を伸ばした。


 すると、サヴァンがプルプルと小刻みに震え、俺に鋭い一瞥を投げた。


「......後悔するなよ!! この雑魚ティントが!!」


 そして、そう吐き捨てると、踵を返し長髪をはためかせて走って行った。


 その背中を見ながら、俺はどうしたもんかとため息をついた。


 ヒズミに燃やされ死を覚悟したとき、サヴァンのことが頭をかすめていたのは確かだ。やはり、サヴァンに復讐しないまま、死ぬのが嫌だったんじゃないかと思う。

 

 だから、そのチャンスが来たとついついオッケーしてしまったが、ライラの時と同じ理由で、サヴァンと決闘することはできない。

 ......ただでさえ、まずい状況で、厄介ごとを増やしてしまったな。


「やれやれ、サヴァンも馬鹿ねぇ。三年も一緒にやってて、ティントの実力も見抜けないなんて」


 ライラが、猫耳をピクピクさせながら俺に言う。俺は苦笑いで返した。

 

 あの後、ライラは多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンの団員に救出され、ホームでしばらく安静にしていた。


 アイタナもそんなライラにつきっきりだったので、俺とエステル様には、つかの間の平穏が訪れた......本当につかの間、正確には一日にも満たないものだったんだけど。


 何と、うちのボロ屋に、あのセフラン団長が訪れたのだ。


 セフラン団長は、俺の家に上がるなり、ライラが『多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンの団員を辞め、ティントくんのパーティに入る』と言い出してることを、にっこり笑顔で伝えてきた。


 俺はすぐさま土下座する勢いで謝ったが、セフラン団長は、二人の主力を抜かれては堪ったものじゃない、なんて文句は一切言わなかった。


 むしろ笑みを絶やさず、俺に「どうか多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンに入団してほしい」と提案してきたのだった。


 セフラン団長は、アイタナが俺にべったりだった段階で、俺を多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンに入団させたかったらしい。


 しかし、サヴァンから俺が多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンに入団したがっていないと言う話を聞いていたので、どうしたものかと頭を悩ませていたところ、ライラから、サヴァンが独断で俺をクビにした話を聞いたらしい。


 最初は驚いたけど、俺としては、多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンに入ること自体は、別に悪い話ではない。


 ただ、ライラが喋ったのが、これだけじゃなかったのが問題だ。


 これは俺の完全なるミスなのだが、俺はライラへの口止めをすることができなかった。


 あのメイド、ウルリーカの角を折った後、ハッとした。俺がまた、自分の感情で二匹の魔族を許そうとしていることに気づいたからだ。

 ヒズミには尻を張りながら、魔法で人間に危害を加えないと約束させたが、また俺たちを騙しているだけかもしれない。


 そこで、二匹の魔族を......殺すかどうか、ライラとアイタナと話し合った。アイタナは即座に、ライラに全部任せると言った。

 

 ライラは、ヒズミは性根から悪い娘ではない、ただのかまってちゃんの子供が、見合わない力を得ているだけだと、この一週間で得たヒズミの印象を語った。


 そして、お母さんからしっかり親としての厳しい愛を受けたら、もう二度とあんなことはしないと結論づけた。ライラがそう言うのなら、こちらとしてはなんの文句もなかった。


 そんな話し合いが終わったとき、多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンの団員たちがヒズミの部屋にやって来た。


 俺はすぐに姿を隠し、結果、ライラは救出され、俺みたいなレベル0では門前払いされてしまう多様性の庭ダーバーシティ・ガーデンの大豪邸ホームに帰還したのだった。


 といっても、ライラなら俺の評価が上がるようなことは言わないだろう、と思ったのが最大の間違い。

 ライラはヒズミの部屋での出来事を、洗いざらいセフラン団長に喋ってしまったようだった。


 話が話だったので、セフラン団長は半信半疑の様子だった。


 しかし、逆に言えば、あんな馬鹿げた妄想話を、半分ほど信じられてしまっていると言うことになる。


 セフラン団長といえば、ギルドの運営にも根深く関わる、権力を持った冒険者だ。ライラやアイタナ、ベルンハルドとは、世間からの信用度が段違いで違う。

 

 彼から疑いの目を向けられ続けるのは、非常にまずい。

 ということで、全快したらしいライラの元へ向かい、例の話は自分の勘違いだったと言うことにしてほしいと頼む......つもりだったのだが、そこでエステル様が、こんなことを提案なされた。


『それなら、私が神聖の力を使って、二人がこれ以上ティント様につきまとわないよう言いましょう! やっぱり寝取られは同人に限ります!』


 神の力を一般人にふるってはいけない、という話だったと思うんだが。それに、それでいいなら、セフラン団長にその手を使ってしまうのが、一番手っ取り早いわけだし......。


 寝取られ云々はよくわかんないけど、要は嫉妬ってことなのかな......はぁ。いや、はぁってことはないんだけど。


「......参ったな」


 そんな問題が重なっている中、サヴァンの決闘まで受け入れてしまったのは、本当に馬鹿だ。色々と面倒なことになるぞ。


「参った? 何が参ったの? 私に解決できる問題?」


 すると、ライラが尻尾を揺らしながら俺に聞いてくる。


「私に解決できる問題だったら、もちろん全力で恩返しさせてもらうわ! だからお願い! アイタナの処女だけは勘弁してちょうだい!」


「......ライラ、わかった。まずお願いだから、もう少し音量落とそうか」


「わかってる! 私程度の処女じゃやはり物足りないわよね......死ぬほど辛いけど、アイタナのおっぱいは少しおすそ分けするわ! アイタナのおっぱいを触りながら、私の処女を奪えばいいじゃない!」


「ライラ、全然わかってないよ......ていうか、ライラもアイタナと同じくらい魅力的だし」


 俺がポツリと呟くと、ライラが目を見開く。そして、頬を赤らめ......いや、頬以外も赤くして、つり目をさらに吊り上げた。


「ティント、命の恩人とはいえ、そんな愚かなことを言われたら、ちょっと冷めるわ。アイタナがこの世でダントツ世界一魅力的に決まってるんだから」


「あ、はい」


 どうやら照れたんじゃなく、怒りで顔が赤くなったらしい。


 ......これはもう、エステル様にどうにかしてもらうのが最善なのかもしれない。少なくとも俺には、彼女たちを抑えられる自信がない。


 そんなことを思っているうちに、家についた。俺は「......テル、帰ったよ」とドアノブを捻り、中に入る。


「......は?」


 そして、衝撃的な光景に目を疑った。


「もっ、申し訳ありませんでしたああああああああああああ!!!!」


 エステル様が、床に頭を擦り付けて土下座していた。これ自体はもう、母親の顔よりも見た光景なので、さほど衝撃はない。


 問題は、エステル様の頭が、ピカピカのとんがった革靴で踏んづけられている、ということだ。 


 その革靴の持ち主は、線の細い美少年だった。それこそレベル0の時の俺でも、何とか倒せそうなくらいか弱く見える。


 しかし、見た目なんて関係ない。初めてエステル様を見た時と同じ......いや、それ以上の、とんでもない威圧感を受けて、俺は跪くことすら許されないのだ。


 その男が、エステル様を踏んづけたまま、細身のフレームの眼鏡越しに、俺を冷ややかな目で見た。


「あんたがティントか」


「......はっ、はい」


 エステル様の頭を踏んづけている相手に、思わず敬語で答えてしまう。

 男はチッと舌打ちをすると、エステル様の頭から足を退け、俺の目の前に立った。


「僕はメルキアデス......この女の上司だ」



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