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39. サヴァンの入団、取り消し。


「いやぁ、いい天気だ」


 僕は、団長室の窓から青空を見上げて呟く。


 魔界から帰って来て以来、ただの青空ひとつとっても、見ているだけでとても幸せな気分になる。そして、この平穏な日常に対して、感謝の気持ちが溢れ出すのだ。


 こんな清々しい気分になれたのは、一体いつ以来のことだろう......少なくとも、多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンの団長になり、ギルド内の政治に巻き込まれるようになってからは、一度たりともない。


「......よぉし」


 こうなったら、政治なんてものは全部ほっぽり出してやろうかな。だいたい、ウルリーカの話を聞いた時点で、もう政治とか言ってるの恥ずかしくて仕方なくなっちゃってるしね。

 どうせ僕たちは子供の退屈しのぎに作られたような存在なんだ。そんな連中がちっさい頭を使って必死に頑張ってるのなんて滑稽でしかない。

 

 そんなのは、僕たちの上位の存在らしい魔族さん方にやってもらえばいい。もっと愚直に楽しく生きるべきなんだよ、僕たちは。


 すると、団長室の扉がコンコンとノックされる。


「......セフラン団長、お客様です」


 ......ああ、そう言えばそうだった。相手には失礼だが、せっかくのいい気分が台無しになってしまう。

 なにせ、彼は青空の美しさに感動するような余裕は、一つもないだろうから。


 扉が開かれる。


「......セフラン団長」


 騎士サヴァンが、それこそ今日の空のように、顔を真っ青にして立っていた。


「サヴァンくん、体調の方は大丈夫かい?」


 僕はサヴァンを気遣った。しかし、サヴァンは一つの感謝の言葉も述べず、つかつかと部屋に入ってくる。


 そして、どこか恨みがましそうに僕を見た。


「なぜ、なぜ私の入団が、なくなってしまったんでしょうか......」


 僕は、一つため息をついた。そして、サヴァンを見据える。


「......君は、逃げ出した」


「それは!!!!」

 

 サヴァンが怒鳴り声をあげ、ハッとなって頭を下げる。S級パーティの団長に対して声を荒げるとは、やはり普段の冷静な彼ではないらしい。


「......あの時は、セフラン団長の意思を汲み、アイタナを避難させるため、仕方なく戦略的撤退をしたまでです。あなたの指示に従ったのに入団取り消しは、いささか理不尽ではないでしょうか?」


「そうだね。全くもってその通り」


 僕は一つ頷いて、後ろを向き、青空を見上げる。あ、鳥。可愛いなぁ。


「......別にボクは、サヴァンくんを責めたいわけじゃないんだ。君の言う通り、正しい判断だったと思うよ」


「それなら!」


 僕は一つ重々しくため息をついた。


「ただ、君のお父さんは、そう思わなかったらしい」


「っ」


 サヴァンの顔に動揺が走る。まあわざわざ僕のところに来た時点で、聞いていないんだろうとは思っていたけど。


「きっと、密偵でも忍ばせていたのかな......魔族から逃げ出すような息子を、多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンに入れるわけにはいかないと、本人に直接言われてしまったよ。もし疑うようなら、聞いてみるといい」


 彼......ニルヴァン公爵から言われたのは、実はそれだけではない。彼は自分の勝手な行動で多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンに不利益を与えたことを、”大きな貸しを作った”と言い表した。  

 ニルヴァン公爵は、イかれこそはしているが、その根底には貴族としての誇りがある。彼に貸しを作れたということは、今後確実に効いてくるだろう。


 今回の件は、多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンにとって良くも悪くも大きな出来事になった、と言えるだろう。


「君のお父さんに言われてしまったら、ボクとしても残念だけど、君の入団は見送らざる終えない......わかるよね?」


「......はい」


 サヴァンは、すっかり肩を落としてしまう。

 何だか可愛そうになってきてしまった。元はと言えば、僕が彼を誘ったのがきっかけだ。罪悪感も湧く。


「......それでは、失礼します」


「ああ、そうだ」


 だから、少しでも元気を取り戻したくて、僕は彼の背中に声をかけた。


「君の代わりに、ティントくんを入団させることになったから」


「......は?」


 サヴァンが振り返る。


「......聞き間違いでしょうか? なぜあのレベル0が、多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンに入団するのですか?」


「まず、此度の魔族討伐は、彼のおかげのようなんだ」


「そんなわけがない!!!!」


 サヴァンが、鬼の形相で僕に詰め寄る。どうやらすっかり元気を取り戻してくれたようだ。


「私は、あいつのステータスをほんの一ヶ月前に、直接確認したんですよ!」


「......まあね。でもアイタナもライラも同じことを言うんだから、信用するしかないよ」


「そんなもの、幻術に決まっています!」


「......そうだね」


 正直僕も、魔族が自由に魔法を使えると知った今、なおさらそちらの可能性の方が高いのでは、と思ってはいる。

 実際、帰ってから何度も、ギルドの全冒険者のステータスを記すヒエログリフで、彼のステータスを確認した。


 結果は、レベル0。ミナにも見せたが、特に細工らしい細工はなされていなかった。


 つまり、ティントがレベル0なのは、神の力によって証明されている、ということだ。


「それだけじゃないよ」


 しかし、そのヒエログリフを疑いたくなるような現状が、ウルリーカの話も含めて、確かにあるのも事実。


「あのベルンハルドも、ティントくんを多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンに推薦してきたんだ」


「!? ベルン、ハルド......!?」

 

 あの男がたやすく幻術にかかるというのは、どうしても想像がつかない。

 幻術というのは基本、純粋な人間の方がかかりやすいと言われている。あの男は性格のねじ曲がりっぷりでも、人類最強の男だしね。


「ともかく、勇者と勇者の娘たちから推薦されてしまえば、入団させないほうが角が立ってしまうよ」


「......っ」


 サヴァンが息を飲み、うなだれる。結局落ち込ませてしまったようだ。


 そんな中申し訳無いけど、僕は僕で、サヴァンには言いたいことがある。


 僕は、露骨に残念そうな表情を作って、サヴァンの方を振り返った。


「ティントくんが辞めなかったら、もっと違う形になっていたかもしれないね。個人の引き抜きは、基本禁止されているから」


「っ......」


 サヴァンが息を飲み、黙り込む。どうせならもっと直接的に言ってやっても良かったけど、まあこれくらいが、政治抜きでもちょうどいいくらいの嫌味だろう。


 僕としては、ティントが強大な力を持っている可能性を考えた時、そんなとんでもない誤解をライラが解いてくれていなかったら、と背筋が寒くなったんだ。


 このくらいの意趣返しは、許してほしい。


「まあ、そんなことを言っても仕方ないんだけどね......本当に、残念だよ」


「......失礼、します」


 サヴァンは一切感情を感じさせない声でそう言うと、フラフラと覚束ない足取りで団長室を出ていった。うーん、ちょっとやりすぎちゃったなぁ。反省反省。


「......ふぅ」


 確かに、たった三人の証言では、確かに幻術の可能性を疑う。

 しかし、僕たちがこうやって魔界から帰還できていることそのものが、ティントに何らかの力がある可能性を示しているのではないか。


 僕たちが、消えたウルリーカを追って、魔城の最上階にある子供部屋に入った時のこと。

 

『もう二度と、あなた方に手出しは致しません』


 【最後の大魔王】ウルリーカは、部屋に入ってきた僕たちを見るなり、そう言って深々と頭を下げた。

 

 そのこと自体、腰が砕けるくらいの衝撃だったが、彼女の威圧的な角が、片方欠けていたのが、それ以上に衝撃的だった。

 明らかに手加減をしている彼女との戦闘は、僕たちを絶望のどん底に突き落とすのには十分なものだった。

 彼女に傷を負わせることなんて、リギア中の冒険者を集めても不可能なはずだ......。


 そして、壁のなくなった最上階から見た、巨大な拳が表面を掠めたような、あの破壊跡。


 あれを見たとき、僕は確かに、神の力を感じた。

 そして、そんな力を振るえる可能性がある冒険者は、ある意味でティントしかいないのではないだろうか、と、ライラの話を聞いたとき思った。


 だって、そもそもを考えれば、神の加護を受けながらにして、レベル0のまま、というのが、どう考えてもおかしな話なのだ。

 だからこそ彼は【神敵ゴッド・エネミー】などという、ある意味神に一番近いとも言える二つ名を得ていた。


 そう、もし、ティントくんが二つ名通り、神に匹敵する力を持っているとしたら......神の力そのものに干渉して、ヒエログリフの数字を書き換えることだってできるのでは......。


 ......流石に、馬鹿げているかな。


 ともかく、あのライラとアイタナが熱望するんだ。彼がどんなスペックであろうと、絶対に獲得したい人材ではある。


「......まぁ、大丈夫だろうけど」


 なにせ、今頃あの姉妹が、ティントを堕としにかかっている頃だ。


 こんな姿になってわかったことだが、男というのは可愛い娘の前ではあまりに無力な存在だ。

 昔の自分も、好みの女の子の前ではこんな感じだったんだろうか、と恥ずかしくなることすらあるくらいだ。


 ......でも、僕が誘った時は、ティントくん、つれない反応だったなぁ。


 僕は、机の引き出しから手鏡を取り出した。


「......うん、可愛い、よね」


 一般的に見て、明らかに整った目鼻立ち。肌は処女雪のように白く、カラフルな髪の毛は絶妙なウェーブを描いている。

 ちょっと少女的ではあるけれど、ヒューマンの男なんて基本ロリコンだから、むしろちょうどいいはず......。


 僕は、自分の体に視線をやる。

 すとんと落ちた少女らしい体は、男の頃から愛用している、精霊にもらった男物のローブだ。

 長いこと使い込んだものだから、もうすっかりクタクタになってしまっている。


 どうせなら、可愛い服とかも着てみたら、何か変わるかな.....いやいや、僕にはそんな趣味はない。

 だいたい、僕がそんな格好をしだしたら、団員たちからどんな目で見られるか......。


 そこで、僕はもう一度、青空を見上げた。

 魔界の空は、黄色く濁っている。魔界で死んでいたら、人間界の青空を久しく見上げていなかったことを後悔していただろう。


 愚直に楽しく、か......。


 チャレンジしてみてもいいかもな、可愛い服。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今見ても0なんやな これはエステル様が隠蔽してるな……
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