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37.「俺、めちゃくちゃ器用だから」



「......もういい」


 その時、ヒズミがポツリと呟いた。

 気づくと、炎は消えていた。それどころか、俺の両腕に、火傷のあとは一つも見当たらない。


「......はぁ。命乞いの一つもしないとはなぁ」


 ヒズミは、憂鬱そうにブツブツつぶやく。


「人質を取り、このまま貴様を甚振いたぶり、殺す......当然、そんな程度のことで、私の心の傷が治るわけがないし......こんな愚鈍なただの炎、本来だったら私たちの戦闘についてこれず、かき消えるのがさだめなのだからなぁ」


 ヒズミが、高速で蛇のモービルを振るうと、少女の断末魔とともに炎は消えた。

 ヒズミが、「まあ、どのみちか」と虚空を見る。


「お前に圧倒的な敗北を喫し......お前の男性器で頬をはられ、角を陵辱された私の心は、どうやったって治らない傷を負ったのだ。その時点で、私の魔生はおしまい......私は死ぬつもりだったんだ」


「......え」


 俺が顔を上げると、ヒズミは態とらしく悲哀の表情を作った。


「本当だぞ......見ろ」


 ヒズミはベッドに歩み寄ると、枕の下を弄り始める。そして、先端が輪っかになった、真っ黒なロープを取り出した。


 ヒズミはそのロープを愛おしげに見たかと思うと、突如怒りの形相になって俺の目の前にそのロープを突き出した......近くで見ると、これはただのロープじゃない。


 ロープは、真っ黒な髪の毛で作られていた......きっと、ヒズミの髪だ。


「ほら、見ろ! 絞首用のロープだ! 自慢の髪の毛を使って作ったんだぞ! お前たちが帰った後これで私は首を吊るんだ! どうだ、かわいそうだろ!」


 ヒズミは、グリグリと俺の頬にロープを押し付けながら、涙目で言った。


「お前が、私の心に負わされた傷が少しでも癒えるような醜態を見せてくれいたら、首吊りしなくても済んだかもしれないのに! それなのに大して関係のない女のために命を張るなんて......よかったなぁ、かっこつけられて!! それじゃあ私は悪党か!! ふざけるな!!」


 そして、今日子供でもやらないような地団駄を踏み始める。


「お前には、思いやりというものが足りないんだ!! 私に対する思いやりが!! 結局自分、自分、自分!! 自分のことばっかりだ!! この畜生めが!!」


「......思い、やり」


「そうだ、思いやるべきだろ! 私はれっきとした被害者なんだぞ! 加害者が被害者を思いやらなくてどうするんだ! この精神病質者が!!」


 ......ここまでおかしなことを言われると、怒りよりも先に困惑がくるな。


 ともかく、どんなことを言われても、ライラがあのような姿に変えられている今、耐えるしかない。


「......本当に悪かったよ。ヒズミの心の傷が治るよう、精一杯協力する」


 俺は、痛む頭を押さえながら、なんとか口を開く。


 すると、ヒズミの地団駄がピタリと止まった。ワガママを聞かせたい子供そのものだな、と思いながら、続けて言う。


「だから、一刻も早く、ライラのことを治してくれ」


「ああ、それは無理だ」


「......は?」


 ......今、なんて言った?


 ヒズミは、ライラの方に視線を移す。そして、何気無い様子で言った。


「だって、治し方わかんないんだもん」


「............は?」


「つい、貴様に対する憎しみを込めてしまってな。私も良くわかんない術式で、化け物を生んでしまった。ウルリーカにも見せたが、やはり私は天才だとさ。要は誰にも読み解けない魔術式を生み出してしまったということだ。読めないのだから、治しようなどないだろ?」


 つらつらとなんの悪びれもない様子で、ヒズミは語る。ズキズキと、割れるように頭が痛い。


「......誓った、だろ。魔法を使って」


「はっ、馬鹿だな。魔法陣はただのブラフ。できない約束をした時は、魔法は発動しない仕組みになってるんだ。これだから魔法のこともロクに知らない劣等種は困る」


「......っ」


 ......なんだよ、それ。そんな、クソみたいな話、あっていいのかよ。


 すると、ヒズミが目を見開いて俺を見る。そして、ニタリと笑った。


「お前、思ったより苦しそうだな! 炎に燃えている時よりよっぽど苦しそうだ!!」


「そうか、自分に過失がないのにお前は苦しむのか! これは盲点だった! まるで人間、その中でも善人のような男だな!! これは嬉しい!!」


 ヒズミは満面の笑みを浮かべたかと思うと、すぐに憤怒に顔を赤くする。


「どうだ、これが心の傷というものだ!! お前が私に負わせた百分の一にも満たないだろうがな!! その傷の痛みを今すぐ己の内で百倍にして見ろ!! それがお前が私に負わせた傷だ!! 反省だ!! 今すぐ反省をしろ!!」


 ヒズミへの怒りは、もはやひとつも湧いてこなかった。今は、ライラを治すため、何か他の方法を考えないといけない。


 炎が消え、【耐えるもの】によって上昇したステータスを取り戻した瞬間、ある一つの可能性を思いついた。現実的ではないと思うが、こうなった今、試すしかない。


 俺は立ち上がると、ヒズミを軽く押しのける。そして、呆然とベッドに伏せるライラの元へと歩み寄った。


 俺がベッドの上に乗ると、ライラはびくりと肩を揺らす。


「......こ、来ないで、もう、私のことは、いいから、アイタナを連れて、逃げてっ」


 ライラが、布団に潜り、俺から逃れようとする。俺は「ごめん」と言いながら、布団を剥ぎ取って、後ろからライラを抱きしめた。

 ライラの悲鳴に、もう一度謝る。


 そして、先ほどヒズミがやっていたように、目をつぶって、全神経をライラに集中した。


 すると、俺の脳裏に、何やら複雑な模様が浮かび上がった。

 俺はその模様をたどっていくうちに、なんとなくこの模様の解き方を理解できた気がした。

 俺はライラに向けて、今まで一度たりとも扱ったことがなかった魔力を、ライラに向けて注ぎ込んだ。


 すると、その模様がドクンと波打ち、蛇のようにうねり出す。俺はその蛇を操り、適切な順番に解いて行く。ライラが苦痛の声をあげるので「我慢して」と囁く。


 そして、複雑に絡み合っていた模様は、ついに一本の線になった。


「......うそ」


 俺がライラから離れると、ライラの美しく引き締まった背中とお尻が目に入る。

 お尻から伸びる猫の尻尾が、にょろりと動いた。


「ライラ、これ」


 俺はすかさず裸のライラに布団を差し出す。ライラは、しばらくの間、自分の裸体をぼーっと眺めた後、慌てて布団を受け取り包まる。


 そして、何度も布団の中を覗き込んでから、「戻ってる......」と呟くと、ボロボロと泣き出した。


「ライラ!!」


 へたり込んでいたアイタナが、ベッドに飛び乗ってライラに抱きつく。

 ライラもアイタナを抱きしめ返して、二人してわんわん泣き始めた。


 俺は二人の邪魔にならないよう、ゆっくりとベッドから降りた。

 そして、唖然とするヒズミの前に立った。


「......あり得ない」


 ヒズミはわなわなと震え、呟く。


「私でも、ウルリーカでも解けなかった魔法だぞ。それを、なんでそんな簡単に......」


 そして、キッと俺を涙目で睨みつけた。


「だいたいお前ら人間は、魔術を自由に扱うことができないどころか、魔術式すらロクに読めない劣等種のはずだろうが!! なんで、なんで治せる!!」


 俺にすがりついて、泣くヒズミ。俺自身もおかしいと思いながらも、多分そうなんだろうという予想を口にした。


「俺、めちゃくちゃ器用だから」


「......なっ、何だそれええええええええええええええええええええ!!!!!!」


 ヒズミの絶叫が、子供部屋に反響した。


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