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29. サヴァンのヒーロー症候群。



「......サヴァン、くん」


 彼はまだ団員ではないので、多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンのホームに入るのは、不法侵入に当たるが......?


「あっ、あたしが許可したんです! だからサヴァンさんは悪くないです!」


 ナディアが慌てて言う。それはわかったが、にしても一体なぜここに? 普通だったら避けたいはずだが。


「サヴァンくん、なぜここに? 申し訳ないけど、これから色々と準備をしないといけないんだ」


「はい、承知しております」


 サヴァンはそう言って、顔を上げた。

 その瞳は、妙な意思に滾っていた。


「どうか私も、ライラ救出の任に同行させてはいただけないでしょうか」


「............」


 僕の脳みそはこの異常事態に、”ええ団長キャンペーン”を即座にやめ、打算的なものに切り替わる。


 今回の件、冒険者ギルドは完全に静観を決め込むだろう。


 ライラは、確かに獣人を中心に人気を集めている。魔族に攫われたライラを見捨てれば、当然冒険者ギルドにも批判は集中するだろう。


 しかし、冒険者ギルドを動かすのは、あくまでヒューマンの貴族たち。国民の意思が、ギルドを動かすことはない。

 貴族からしたら、所詮は一人の獣人。他のパーティのことも鑑みると、もっともらしい理由をつけて切り捨てるに決まっている。


 しかし、サヴァンという有力貴族が一人入ってくれば、状況は大きく変わる......かなりリスキーだけど、使わない手はない。


「......サヴァン、君の勇気に感謝するよ。君なら、戦力としても十二分だ」


「ちょい待ち団長、それは」


 僕は視線でダーリヤを諌める。そして、ふるふると残念そうに首をふった。


「でも、君は連れていけない」


「っ! なぜですか!」


「......それは」


 僕は気まずそうに黙り込む。すると、サヴァンが何かを察したように目を見開いた。


「私が、有力貴族の息子だからでしょうか」


「............」


 僕は無言で肯定を示す。


 サヴァンが、ギシリと歯ぎしりをする。彼のようなタイプは、たいてい自分の家柄を誇りに思っていると同時に、強いコンプレックスを抱えているものだ。


「ごめんね、だから君を、連れて行くことはできないんだ」


「......父は、そんなことで文句を言ったりしません! 父は誰よりも私に厳しいんです! 冒険者になってから三年間、私がS級パーティに入らず自分のパーティを持ったのも、S級に甘えないようという父の判断ゆえです!」


「もちろん知ってるよ......でも、君の父親はともかく、君の父親に忖度する貴族たちはどうかな?」


「っ......そんなもの、どうとでもなります! 多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンにご迷惑をかけたりはしません!」 


「......参ったなぁ」


 僕は大げさにため息をついて、視線を落とす。数秒数えて、首をふった。


「ごめん、連れてはいけない。ボクは多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンの団長だ。個人より団を優先しないといけない。君を魔界に連れて行くなどと言うリスクは、取れないんだ」


「そんなっ」


「もちろん、魔族の招待状に同封された地図を、渡すわけにもいかない。それを見られたら、ライラの居場所がわかってしまうからね」


「!」


 サヴァンが、切れ長の目を見開く。そして、何やら意味ありげに笑った。


「それならば、父にお願いして、その地図とやらを、大々的に徴収させていただきます。構いませんか?」


 ......よし。


「......そんなこと、言われてもなぁ」


「いえ、そうさせていただきます。それに今の私は、まだ多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンの団員ではありません。私は私個人で、勝手にライラの元へ向かう権利があります」


「......君のレベルでは、火龍の火山帯に行くことすらできないと思うけど」


「そんなもの、父の力を借りればどうとでもなります!」


「............」


 サヴァンは今、なかなかお目にかからないレベルのヒーロー症候群にかかっている。


 彼のことはこの三年でそれなりに調査したが、安全圏でクエストをこなす、いかにも中流の冒険者、と言った印象が強い。


 本来だったら、ライラを助けに魔界に出向くようなことはできない人間で、だから僕も、彼を利用することは不可能だと思っていた。


 ......何かあったのかな? 最近は魔族問題に追われて、あんまチェックできてないんだよね。


 ともかく、彼の性質上、ワープポイントの前で症候群は治って、魔界に行くなんて馬鹿げた考えを捨てて、スタコラサッサと逃げ出すことだろう。


 だから、火がついているうちに、さらに薪をくべる。


「......アイタナが一週間後、魔界に来る」


「っ......一週間後、ですか?」


「うん、ベルンハルドを連れてくるんだ」


「ベルンハルド! それは、とても強い味方ですね」


「うん......」


 今はベルンハルドのことなんてどうでもいい。僕は早々に話を変える。


「アイタナは、絶対にライラを諦めたりしない......でも、現実問題、魔族相手にライラを救出することは......難しいだろう」


「............」


 サヴァンは深刻な顔で俯く。現実が見えていないほど彼は愚かではない。それならば、今の内に動機のすり替えを行うのがいい。


「その時、アイタナは確実に敵討ちをしようとする。五十年後の彼女ならともかく、今の彼女では無理だ......アイタナは、死ぬよ」


「っ」


 サヴァンの表情が、絶望に歪む。僕は確かな手応えを感じながら、鬼気迫る表情を作る。


「彼女は、ボクたちとは違う。こんなところで死んでいい娘じゃないんだ。あと十年もすればベルンハルドを超えて、五十年もすれば魔族をも倒せるような逸材。そして、未だ遺恨の残るヒューマンとエルフの混血だ。彼女の価値、君ならわかるはずだ」


「......はい、痛いほど知っています」


 サヴァンが頷く。僕はくるりと踵を返し、窓際まで歩み寄って、カーテンを開けた。

 そして、曇天の間から刺す青空を見上げ、大きすぎず、かといってサヴァンにちゃんと聞こえる音量で言う。


「......ボクはワープ地点を設置した時点で大きく消耗するから、魔族との戦闘の最中、君たちをワープで逃すのは無理だ......もちろん、ワープ地点まで戻れたら、逃げることはできるけどね」


 そして、ふぅと重々しいため息をつく。


「君の風魔法なら、アイタナだけでも、無理やり連れ戻すことができるんじゃないか」


「! はい!」


 ふふ、一気に元気になったな......窓ガラスに映る僕が笑いそうになっているのに気がつき、口角を引き締める。


「......もしそうなった時は、アイタナを支えてあげてくれ。彼女はちょっと、純粋すぎるからね」


「はっ、はい......それでは、数時間後、ギルドの令状を持って、訪れるかもしれません」


「......参ったなぁ、最近の若者は。おじさんには眩しすぎるよ」


 僕はそう言って、サヴァンに笑いかけた。サヴァンは「......失礼致します」と一礼して、部屋を後にした。


 これでサヴァンは、間違いなく僕たちについてくる。ワープして一時間も僕たちについて来てくれたら、大成功だ。


 当然、サヴァンは自分の決断を後悔し、ワープポイントまで逃げかえろうとするだろう。

 しかし、サヴァンとその取り巻きのレベルじゃ、自力でワープポイントに戻ることもできないはずだ。

 そして、ライラを救出に向かう僕たちに、逃げるのを手伝ってくださいなんて頼めるほど、サヴァンは恥知らずじゃない。


 そしてサヴァンがライラ救出に向かったとなれば、冒険者ギルドの連中は青い顔をするに違いない。


「ふふ......」


 つい笑みをこぼすと、目の前に怒りに染まった褐色の顔が現れる。


「おい! 黙って聞いてたら、アイタナ以外は死んでもええってか!?」


「そうです! 酷いですよセフランさん! それにライラちゃんは助かります! なんでそんなマイナスなことばっか言うんですか! それでも団長!?」


「そうっよすね......なんか俺、テンション下がっちゃいました。彼女に会いたいっす」


「ワシも......彼女いないけど」


 ......参ったな。あくまで今の会話はサヴァンを焚きつけるための発言で、全部が全部本気で言ってるってわけじゃないんだけど。

 ていうか、それに気づいてるのがヤンだけってのもすごいな......ははは。


 ......うん、やっぱり、もう少しこのメンバーでやりたいな。


「まぁまぁみんな、そんなことよりサヴァンが地図を持って行き次第出発するからね!」


「「「「......おぉ〜」」」」


 すっかり戦意の落ちてしまった団員たちを前に、僕は苦笑いをした。


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