25. 決闘早朝。
決闘。
この街では、違法どころか、冒険者ギルドという公的機関が取り仕切っているものだ。
だが、それこそヌボンチョや猿たちがやってたような原始的な決闘とは、格が違う。なにせこれまた、女神エステル様が関わっているのだから。
リギアの決闘では、人は死なない。なぜなら、女神の加護によって、決闘中は"HP"という概念が、俺たちに与えられるからだ。
HP......ヒットポイントは、決闘者に、平等に100ポイント与えられる。
ヒットポイントは相手の攻撃を受けることによって減り、0ポイントになると負けとなる。そして、0になるまで、自分の生身には一切の傷がつかないのだ。
ちなみに、負けた相手は、勝った相手に経験値を吸い取られる。
魔物との戦闘以外で経験値を得られる方法ではあるのだけれど、大きなレベル差がなければ、魔物を倒す方がよっぽど効率がいいらしい。
決闘の何が問題って、このHPという概念だ。
HPの減りにくさは、耐久力に比例する。そして、俺のステータスの中でもダントツで一番なのが耐久力。
つまり、ライラの攻撃をどれだけ受けても、俺のHPは1も減らない可能性が高い。ライラとの決闘は、俺が馬鹿げた耐久力を持っていることを証明してしまうのだ。
ということで、俺は決闘から逃げることに決めた。
あのライラとレベル0の俺の決闘ということでかなり注目を集めてしまっている分、逃げたとなったら、俺、冒険者たちからさらに嫌われちゃうだろう。でも、仕方がない。
......問題は、逃がしてもらえるかってことだよな......F級冒険者、特にレベル0の俺に、人権なんてものは存在しないから。
ゴンゴンゴンゴン。
すると、俺の家のドアが、強くノックされた。
ああ、そのライラが、今日も来たか。まだ早朝だろ......なんとか居留守しよう。というか今は、ちょっとの動きが命取りになるので、どのみち動けない。
「......うるせぇな」
すると、俺の耳元で、悩ましげな声がした。柔らかい感触がもぞもぞと動いて、俺を甘美に刺激する。
ゴンゴンゴンゴンッ。
さらに激しいノックに、柔らかな感触が俺から離れた。ああ、ありがたいような残念なような......って、やばい。
俺が起き上がった時には、タンクトップに短パン姿のアイタナが、「おい、うるせえぞ!」とドアを開け放っていた。
「な!? アイタナ!! なんで貴様がここにいる!?」
すると、ライラの狂気的な金切り声ではなく、男の素っ頓狂な声がした。
サヴァン? なんであいつがここに来てる。俺の家すら知らないはずだろ......?
「あ?......そりゃ、俺はティントのアニキの舎弟なんだから、アニキの家にいて当たり前だろ」
「ふざけるな!! 今すぐホームに帰れ!!」
「嫌だ!! オレはアニキのそばにいる!!」
「......クッ」
二人が言い合いをしている最中、ドアからひょこりとうさ耳が出て来た。続いて、紫黒の瞳が俺を捉え、見開かれる。
リアは、恐る恐ると行った様子で部屋に入って来て、俺と、俺の横でスヤスヤ眠るエステル様を、交互に見た。
「い、一緒に寝てるの......?」
「い、いやぁ......」
最初のうちは、エステル様がベッドで寝て、俺とアイタナが床で寝ていたんだ。
しかし、なぜか二日目から、エステル様はベッドから転げ落ちるようになり、結果ベッドを誰も使わず、三人床で寝ていると言う、意味のわからない状況になってしまった。
それなら皆で一緒にベッドで寝よう......と言うことに、いつの間にかなってしまったのだが、やっぱりおかしいよな。
俺は慌ててエステル様から離れようとするが、くぅくぅ寝ているエステル様が俺の服の裾をぎゅっと掴むので、離れられない。
リアがギュッと拳を握り、うさ耳を垂らし、辛そうに表情を歪めた......なんだそれ、リアはもう、俺のことなんて、どうでもいいはずだけど。
そんな気まずい空気を察してではないだろうが、サヴァンが俺たちの間に入って、俺を見下した。
「......立て、ティント。悔しいが、ライラとの決闘が先だ。今すぐ準備をしろ。お前が逃げないよう、私がお前を連行する。ライラとの決闘後はもちろん、私と決闘してもらう」
「......ああ、そういやそうだったな、ライラのやつ」
アイタナは不機嫌そうに目をゴシゴシしたかと思うと、俺に笑いかける。
「よし、アニキ、ライラと決闘する前に、オレと決闘だな!」
「ええ......」
なんだこれ、同時に三人から決闘を申し込まれるとか、なんてモテ期だ。全然嬉しくない。
「......アイタナ、決闘は一週間前に申し込まないといけない。今回は諦めろ」
「あ? 決闘なんて、そこらへんでいくらでもできるだろ」
「そんなもの、ただの犯罪じゃないか!」
「......とにかく、俺は誰とも決闘する気は」
俺は二人の会話に割り込んで、はたと止まる。
ここでアイタナについていけば、ライラの決闘に行かない理由になるんじゃないか?
アイタナがやったことだから、【狂かれたシスコン】ライラは、許さざる負えない
他の冒険者も、きっと納得する......アイタナにはそういう魅力があるというか、治外法権的な扱い方をよくされる。
「わかった、じゃあ胸を揉ませるからオレと決闘だ!」
「アイタナ、ストップ!!!」
しかし、あの日の衝撃が再び再現されそうになったので、思わず止めに入る。
「......アイタナ、ティントは今から、聴衆の前で裁かれないといけないんだ」
サヴァンが、子供に言い聞かせるように言う。アイタナはギロリと目を剥いた。
「あ? なんだそれ、どーでもいい」
「......ともかく、ティントには、私が先に用がある。譲ってもらおう」
「そんなの関係ねぇよ。先約だろうがなんだろうが、アニキはお前じゃなくてオレとの決闘を選ぶ。な? アニキ」
「......あ、えっと」
アイタナの真剣な瞳に、思わず視線を逸らしてしまう。
すると、アイタナが俺に歩み寄り、俺の顎を掴んだ。そして、クイっとあげて、無理やり視線を合わせてきた。
「オレとサヴァンとライラ、誰がいい?」
うっ、うわっ、イケメン......アイタナにガチ恋する女性が急増しているのも頷ける。
「......そっ、それは、アイタナ、だけど」
思わず、恋する乙女のように答えてしまう。すると、アイタナはさらに真剣な
「じゃあ、テルとオレだったらどっちがいい?」
「......っ」
どうやらアイタナは、エステル様が俺の一番弟子だという、あまりに不敬な勘違いをしてしまったらしい。
そのせいか、この一週間、何かとエステル様に突っかかっていた。女神様だと知らないから仕方ないんだけど、とにかくヒヤヒヤさせられた。
「テルの方がいいんなら、諦める。けど、オレの方がいいなら、今日はオレのもんになってくれ」
「えっ?」
オレのものって......そういう話だったか? まぁ、ここから抜け出せるのなら、この際どうでもいいんだけど。
その時、俺の服の裾を掴むエステル様の手に、力がこもった気がした。
......もしかしてエステル様、起きてる?
......エステル様、違いますから......ここでエステル様と言うと、今日俺が決闘から逃げた責任の一端を、エステル様に背負わせてしまうから......アイタナだったら、みんな仕方ないってなりますから......だから。
「......アイ、タナ」
「......ぅ」
「よっしゃ!」
すると、アイタナがパパパっと身支度をして、再び俺の元に戻ってくる。
「それじゃあ行くぞ、アニキ!」
「ひゃっ!?」
そして、俺を軽々とお姫様抱っこしたのだった。
ま、まさか、男の俺がお姫様抱っこされる日が来るなんて......あっ!?
俺はこちらを見上げるエステル様と、バッチリ目があった。
エステル様は胸を押さえ、瞳をウルウル潤ませ、頬を赤らめて俺を見ている。
「テル、違うんですよ。わかりますよね?」
「......ティント、さまぁ」
エステル様は苦しげな声をあげる。ああ、女神様を苦しめてしまうなんて、俺はなんて罪作りなんだ。
「テル、悪いな。今日からオレがアニキの一番だ。お前は二番だから」
「やっ、やだっ」
「やだっつっても、アニキがそう言ってんだ。お前はここにいろよ」
冷たい口調でそう言い放つと、俺に力強い。
「それじゃあアニキ、行こうか?」
「はっはい」
そしてアイタナは、俺をお姫様抱っこしたまま、サヴァンとリアに「どけよ」と言う。サヴァンは悔しそうに歯噛みし、リアは涙目でふるふる震えた。
「......後悔するぞ。そんな雑魚のために、雑魚の処刑を楽しみにしている民衆を裏切るのは」
「黙れ。殺すぞ」
「うっ......」
アイタナの一喝に、サヴァンは黙り込む。
ヤダ、かっこいい......。




