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22. エステル(サヴァンざまぁwww)。



「......フヒッ、フヒヒッ、ヒヒヒヒッ」


 エステル様の笑い声に、ハッとする。ぼーっとしてる場合じゃない。


 しかしその時には、ヌボンチョはものすごいスピードで、半ケツのサヴァンを踏み潰さんと脚を振り上げていた。


 その時、赤色の影、ライラがサヴァンの前に現れ、ヌボンチョの踏みつけ攻撃を、真新しい火龍の盾で受け止めた。


 瞬間、ぐにゃりとライラの身体が、骨がなくなったかのように曲がった。ヌボンチョの足は逸れ、サヴァンの真横を踏みつける。


 ......す、すげぇ。


 俺は、場違いに感心してしまう。

 地面に垂直に向かう踏みつけ攻撃を逸らすとは......俺がブラックバックのフックでやったのとは、ちょっと格が違うぞ。しかもライラ本人は、全くのノーダメージだ。


 これが、S級パーティの盾役か......こういうのを見ると、やはりあの時点の俺が多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンに入るのは無茶だったとも思う......。


「全く情けないわ。油断して特殊個体に負けるなんてね」


「いや、ちげぇ」


 すると、アイタナが首を振る。


「それならオレの『直感』が、こいつを認識した時そう言ってる。こいつは、さっきまで弱かった。でも、急に強くなったんだ......もしかして!」


 アイタナが、ぱあっと笑顔で俺を見る。


「アニキがなんかしたのか!? オレが強くなるために試練を与えてくれたとか!!」


「いやいやいやいやいや」


 俺は全力で首を振る。


 もしやエステル様がそういうことをしたんじゃと思ったが、こちらにいる間のエステル様にそのような特別な力はないらしいし......あ、まだ笑ってる。


「ともかく、こいつの相手は私たちが受け持つわ。その間にサヴァンと離脱しなさい......ま、死んでるかもしれないけど」


「わっ、わかった!」


 俺はちょうど持ちやすい形になってくれているサヴァンを、肩に担ぎ上げた。

 肩越しにサヴァンの鼓動を感じる。生きているのなら、回復薬や回復魔法でどうとでもなるはずだ。


 俺は振り返ると、サヴァン団の面々は呆然としていた。俺は思わず怒鳴る。


「リア!? 早く回復魔法の準備を!」


「......あっ、うん」


 リアがその場で魔法を使おうとするので、「待って、もう少し離れたところで!」と叫んで、


「いけー!!!! ヌボンチョいけーーー!!!」


「ちょっ、テル!!! ヌボンチョを倒して欲しいって気持ちはわかりますけど!!」


 涙を流しながらヌボンチョを応援するエステル様の口を即座に塞ぎ、引きずって安全圏まで下がらせた。


 木の麓にサヴァンをそっと寝かしてから、サヴァンの腰に巻かれたポーチを弄る。いかにも高級品って感じの瓶に入った、回復薬があった。


 俺はそれを開け、口を無理やり開きねじ込む。

 それを回復薬が尽きるまで続けると、サヴァンの腹はタプタプになった代わりに、出血の量は減ったように見えた。


 その間にリアの餅ができたので、損傷の激しい左腕を中心に治癒していく。

 リアの魔力を回復させるMP回復薬も合わせてすべて使えば、完全回復とまでは行かないまでも、後遺症が残らないレベルまでは持っていけるはずだ。

 

 そこで、戦況を見るために振り返る。すると、ヌボンチョはS級パーティ団員二人相手に、軽いフットワークで堂々とした立ち回りを見せていた。


 昨日に引き続き、明らかな異常事態だ。まさか、エステル様がそういうのを惹きつけるんだろうか。

 

 今すぐ、助けに入るべきか。


「ほらティント! とっととサヴァン背負いなさいよ! 逃げるわよ!」


 すると、グイッと肩を掴まれた。レオノーレだ。


「え? なんで俺? 別にレオノーレさんの魔法を使えば」


「はぁ!? あんたどんだけ薄情なわけ!? 元メンバーでしょ!!」


 レオノーレは目をとんがらせて言う。いやいやいや......としか言いようがない。


「ていうかこんなことグダグダやってる場合じゃないって! とっとと逃げようってマジで! ていうか俺もう耐えらんない逃げるから!」


 トリッソがそういうと、ピューっと音を立てて逃げていく。

 「ちょ、待ちなさいよぉ!」とレオノーレも逃げいていくので、俺とエステル様とサヴァン、そしてリアが取り残される形になった。


 俺はもう一度振り返る......二人のコンビネーションだって負けてない。この様子だったら、二人がヌボンチョにやられることもないだろう。


 ......俺が今、一番優先すべきなのは、エステル様の安全確保だ。

 まずはエステル様をワープポイントまで連れて行って、ギルドに戻っていただいく。ヌボンチョの処理は、その後だ。


「テル、ここは一旦退こう」


「......はい」


 エステル様はどこか名残惜しそうに言う。そして、俺はリアの方に視線をやった。


「......リアも、それでいい?」


「......うん」


 リアが、気まずそうに頷く。どうやらもう、幼馴染の関係には戻れないらしい。


「......それじゃあ、行こう」


「うわあああああああああああ」


 その時、トリッソの甲高い悲鳴が密林に鳴り響いた。悲鳴に遅れてトリッソとレオノーレ、そして二人にしては重厚感のある足音が聞こえてくる。


「ぶもっ!」


 っ。二匹目のヌボンチョか。


 でも、こいつは普通のヌボンチョのはず。

 サヴァンがいないのは痛いが、トリッソとレオノーレだけでも、倒せない相手じゃない......え、なんかすごい筋肉隆々。なにあの上腕二頭筋。絶対普通じゃない。


 ヌボンチョ2は、走りながら、二人に横蹴りを繰り出す。

 二人はずっこけて横蹴りを交わすと、代わりにそれなりの太さの木が、あっさりと折れた。ただのヌボンチョなら、足を捻挫して終わりのはず。


 特殊個体が同時に二匹出る? こんな不運、三年間冒険者をやっていて一度もないぞ。本当に偶然か?


 筋肉隆々のヌボンチョ2が、俺たちを見下ろす。

 俺は、恐怖に固まる皆をなんとか奮い立たせられないかと考えたが、俺の言葉が彼らに届くはずがない。

 一体どうすれば......待てよ。なんだよこの地響き。


 俺は、ヌボンチョ2の後方、逆三角形の体が、霧越しに重なり合って浮かび上がるのを見た。

 

 一、二、三......何体いるんだ、こいつら。ムキムキってことは、全匹特殊個体なのか!?


「ぶももっ」


 ヌボンチョ2が、俺たちを見下ろしながら鳴く。するとエステル様が「えっ!?」と驚きの声をあげた。


「その、私たちを完全に包囲している。逃げられないって」


「......え、言葉わかるんですか!?」


「あ、はい、作成者......アレなので」


 作成者ってはっきり言っちゃってるが、大量のヌボンチョに囲まれた他の連中に、そんなことを突っ込む余裕はない。


「......その、それならなんで襲ってこないん......だろう?」


 ヌボンチョは本来、人間を見たらしつこく追い回してくる、好戦的な魔物のはずだ。この問いには、エステル様も首をひねる。


 ......まるで、昔の決闘みたいだ。二人の剣士を幾人もの剣士が囲んで闘技場を作り、やられた剣士の死体を放り出し、新たな剣士が円の中に入っていくって言うやつ。


 だが、俺がヌボンチョを倒すところを見られるわけにもいかない......今の俺の本気の素早さだったら、見られずに倒すことができるか?


 ......いや、この異常事態、たとえ一瞬でも、エステル様から離れてはならない。まずは、エステル様の安全を確保するのが最優先だ。


 ワープ地点までエステル様を届けて、それから皆にバレないよう全匹倒す......なんならそのまま姿を現さなかったら、アイタナ以外は逃げたと思うだろう。


 そう考えた時、何やら上から視線を感じたような気がした。


 狗蝙蝠。


 ゴブリンと同じく、Fランクに割り振られている魔物だ。このヌボンチョの密林で生きていくには、ちょっと弱い魔物だ。ここにいること自体、おかしい。


 だけど、よりおかしいのは、その立ち振る舞い。

 

 狗蝙蝠の特徴として、体は蝙蝠だから、木や天井に逆さまになってぶら下がるのだが、頭は犬。

 なので、しっかり犬の頭に血が上り、そのうち気絶してしまう、と言う、なんとも愛らしい魔物なんだ。


 しかし、あの狗蝙蝠は、逆さになっていない。木の上に、堂々とした様子で止まっている。

 顔も、可愛い系統が多い狗蝙蝠の中で、かなりキリッとしている。


 ジロリ。


 そんな狗蝙蝠が、俺を舐め回すように見る。俺は悪寒に身を震わせた。


 やはり、何もかもがおかしい。一刻も早く、この危険地帯からエステル様を逃がさないといけない。


「テル、ちょっとお姫様抱っこしてもいいですか?」


「えっあっはいっ!?」


 俺はエステル様をお姫様抱っこする。すると、隣のリアが、ものすごい形相で俺を見てきた。


「おっおいティント!? テメェ逃げるつもりか!?」


 リアの内心だろう言葉を、トリッソが叫ぶ。俺はなんと返すべきか迷って、結局何も返さず、無言で走り出した。トリッソとレオノーレが罵詈雑言を吐いた。


 一匹のヌボンチョに狙いを定め、走る。

 そのヌボンチョは、俺たちを踏みつぶそうと高く足を上げるので、俺はヌボンチョめがけてスライディングし、ヌボンチョの胴体の下に潜り込んだ。


「この給料泥棒があああああああああああ」


 すると、七匹の人面蛇が、胴体の下に入ってきて俺を凄んだ。なんだか随分と強気になったな。しかし、そんなこと言われ慣れてる俺からしたら、なんの威圧にもならない。


 俺は息を吸い込むと、フッと少々の力を入れて空気を吐き出した。すると、「ぎゃあ!?」と悲鳴をあげて、人面蛇は逃げて行った。


 俺はヌボンチョの股下を抜け、立ち上がって駆け出した。


 ......どうだ、ついてくるか?


 走りながら、後ろを向く。すると、ヌボンチョたちは、木の上にいる狗蝙蝠を、どこか怯えたような目で見ていた。


「......ワン!」


 狗蝙蝠が吠えると、ヌボンチョたちがビシッと気をつけをする。

 そして、狗蝙蝠はヌボンチョたちを一瞥すると、俺たちめがけて、狗蝙蝠とは思えないスピードで飛んできた。


 ......まるで、狗蝙蝠が、ヌボンチョを取り仕切ってるみたいだ。


 普通、一つのフィールドに特殊個体は一体、乃至ないしいないのが普通。あれだけのヌボンチョ特殊個体がいるのは、おかしいと思っていた。


 しかし、特殊個体があの狗蝙蝠一匹で、その狗蝙蝠一匹が、例えば付加魔法のようなものを使い、ヌボンチョを強化しているのなら、一応理屈は通る......のか?


 この異常事態の首謀者を、あの狗蝙蝠と仮定しよう......それならば、あの狗蝙蝠さえ倒せば、事態は収まるということになる。


 先に狗蝙蝠を倒してしまうことも考えたが、やはりエステル様の安全が最優先。俺はエステル様に言う。


「エステル様、急に申し訳ありません。まずはエステル様を」


「いやあ、痛快でしたね!」


 すると、顔を泥にまみれたエステル様が、初めてに近いくらいのいい笑顔を見せる。


「あのサヴァンとか言うやつ、あんだけティント様を悪く言って、女の子の前でカッコつけようとしたら、デコピンで吹き飛ばされるとか! しかも半ケツでしたよ半ケツ! ぶふっ、今思い出しても笑えるっ!」


「......あ、はい」


「......あ、いや、本当は私がボコボコにするつもりだったんですけどね! ティント様の悪口を言うような最低野郎!」


 そしてエステル様は、俺の腕の中でしゅっしゅっしゅと影拳闘シャドーボクシングを始める。俺は苦笑いするしかなかった。


「......とにかく、一度エステル様をワープ地点まで運ばせていただいてから、こっそり彼らを救おうかと思っています」


「えっ!? 救うんですか!?」


「......はい、そのつもりです」


 あんまりにも意外そうな顔に、少々呆れる。まあ、今回に関しては、女神様側の過失ではないんだろうけど。


「うおおおおおお〜〜〜〜ん」


 すると、後方から猛々しい遠吠えが聞こえた。狗蝙蝠だ。


 イキっていたエステル様が「なになに?!」と一転怯える。

 しかし、身体的能力は平均以下のエステル様のことを考えると、人外のスピードで走るのも危険だ。


「......ん?」


 すると、前方。地面がグラグラと、まるで火龍が歩いているかのように波打っているのが見えた。地震? そんな、珍しい......いや、違う! 


 この強烈な獣臭。エステル様が、うぷっと吐き気を催す。キイキイと甲高い鳴き声が斉唱され、不快感に鳥肌がたった。


 小猿だ。


 大量の小猿が、仲間を踏みつけ登ってを繰り返し、大きな津波のようになって俺たちに襲い掛かってきた。


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