寝坊、
「うわ、やば……」
私はスマホに表示された時間を見て思わずつぶやいた。現在時刻は午前9時半、完全なる寝坊である。昨日なぜか寝付けず、意味もなくずっと焚き火動画みてしまった。深夜の暗がりでじっと焚火を見つめるゴブリン。なんのホラーだ。
慌ててゴブリンから人間の姿に戻って部屋から出た。いつもと違い、既に人(悪魔だけど)が動いている気配を感じる。階段を降りると、テレビのチャンネルをせわしなく変えている千晴さんと、その横でトランプピラミッドを作っている蛙田さんが見えた。
「おう、珍しいな」
「す、すみません……皆さん朝食は?」
「あはは~☆ 適当に食べたから気にしないで~☆」
私がもう一度謝ると、「いいって」と手を振った千晴さんの手が蛙田さんのトランプピラミッドにぶつかりバラバラと崩れ落ちた。何とも言えない沈黙から逃げるように私はバーカウンターの奥へ入った。
そそくさと洗面台へむかい、顔を洗って一息ついた。夜更しのせいでどうにも体がだるい。陽の光でも浴びようかと裏口から外に出ると、いつものように花壇に花牙爪さんがいた。会釈してから大きく伸びをすると、もう一人誰かが居る事に気が付いた。
花壇の隣、毬音さんのお墓。
その前に王狼さんがいた。
ルルちゃんたちと一緒に毬音さんのお墓を掃除してくれているようだ。ルルちゃんが私に気が付き駆け寄ってきたので膝をつくと、「おはようなの!」と私の胸に元気よく飛び込んできた。続けて駆け寄って来たロロちゃんも受け止め、ゆるゆる近づいてきたスゥちゃんの頭を撫でる。
「おはよう、あんまり遅いから心配で目覚めのキスでもしに行こうかと思ってたのに。残念だね」
「あはは……お墓のお掃除ですか」
「あいつは仕事が雑だからね、汚れが落ち切っていないんだ。大事な家族の墓だというのにまったく」
「王狼さんも家族想いなんですね」
じゃれついてくるルルちゃんたちを撫でまわしながら何の気なしに言った言葉に、わずかに王狼さんの表情が悲し気に揺れた。だけどすぐにいつもの爽やかな笑顔に戻って「ありがとう」と私の頭をさらりと撫でた。
「あの、私何か……」
「さ、皆戻ろう。皆のお手入れの時間だ」
元気の良い返事と共に三人は青白い光に包まれ、王狼さんの手の中で銃に変わった。王狼さんはもう一度私に笑いかけるとバーへと戻って行ってしまった。私は王狼さんに何か声をかけようとしたけれど、言葉がでてこなくて何も言わずにただ立ち上がった。
王狼さんも家族と何かあったのだろうか。つい忘れそうになるけど、王狼さんも悪魔憑きだ。過去になにかあったのかもしれない。これ以上詮索するのはやめよう、無理に聞き出すようなことでもない。
私はうんうんと一人で頷いてから、王狼さんの後を追うように家に入って行った。いつかもっと親しくなって、王狼さんのご家族の事も聞きたいな。なんて、ぼんやりとした未来の事を考えながら。
そんな私の願いは叶えられることになる。
王狼さんの意思とは関係なく。
私が望んだ形とは全く違う形で。




