ブロンド襲来
『……政府は、危険区の一部の魔素濃度が薄れた地域があるという情報について、依然として悪魔の脅威が去ったとは言えないとしています。そのため、不用意な立ち入りは絶対にやめるよう呼びかけています。政府の対魔委員会は、聖歌隊の派遣を行う予定であると――』
私は歯を磨きながら、テレビ画面に流れるニュースを見ていた。話で出ている危険区とは魔屍画のことだろう。巨大な樹の悪魔と、老人を退治したあの場所の魔素は薄れてきているらしい。
ほんの数日前に、あんなことがあったなんて自分でも信じられなかった。千晴さんには辛い戦いだったけど、皆と……毬音さんのお陰で、世界は少しだけ良くなった。その証拠に、インタビューに答える人たちの顔は一様に明るい。私は次の特集に移ったところで、テレビを消して洗面台に向かった。
口をゆすいで磨き残しがないかを確認してから、鏡に映った自分の姿を見た。そっと自分の耳を指でなぞるように撫でた。
「……やっぱり変わってるよねえ」
耳から指を離すと、尖った耳が鏡に映った。個性と言える程度の尖り具合ではあるけれど、間違いなく以前とは違った形だ。ゴブリンの状態ならばこの形でもおかしなことはないけれど、今は人間の姿だ。
魔屍画での戦いの後、人間体でいるのがより簡単になった。それほどお腹に力を入れる必要もなくなり、多少力が抜けてもすぐにゴブリンに戻ることもなくなった。その代わり、耳の形が変わっている事に気が付いた。
ハカセに相談したけれど、人間と聖女と悪魔、その三つの要素が少しずつ私の中で混じっているのではという仮説しかもらえなかった。私の体は、この先どうなってしまうのだろうか。
「ま、考えても仕方ない」
ハカセが色々と調べてくれると言ってくれたので、それに任せる他はない。私はなるべくそのことを頭から排除しながら、いつも通り皆の朝食づくりに取り掛かった。今日は和食でいこう。私が食べたいし。
グリルで鮭を焼いているうちに、卵焼きに取り掛かる。今日は砂糖を入れて甘めに。あとは適当にお漬物とか常備菜を冷蔵庫から出して小皿に出す。後は皆が起きてきたらご飯を盛って……。
「スミマセ~ン?」
ウサギのドアベルの音と共に、妙なイントネーションの声が玄関から聞こえた。なんかこの店いつも朝食時に人が来るな……。私は花牙爪さん用のすり鉢みたいにでかい茶碗をカウンターに降ろし、急いで玄関へ向かった。
そこには、ブロンド髪の女性が立っていた。染めたものではない黄金色の髪は、艶やかなウェーブを描いており、彼女の腰の辺りまである。金髪美女の見本と言ったような顔立ちだったけれど、そのエメラルドグリーンの瞳はどこか幼い可愛らしさがあった。
「ハロ~!!」
その美女は私に人懐っこい笑みを向けると手をひらひらと振り、黄金色の髪とダイナミックな胸部を揺らしながら歩み寄って来た。黄金の髪と日本人離れしたスタイルが、彼女の白いシャツと黒いパンツという平凡な服を、上等なファッションに格上げしていた。
「オー! アナタ新しい人ですネ! アナタもデーモンですか?」
「え、ああ、まあ……そんなとこでしょうか」
「オッケー! ところで、ハカセはいますカ?」
「ええと、どちら様でしょうか」
「オゥ! 申し遅れマシタ! デイジー・ポインターと申しマース!!」
自然に差し出された手を握ると同時に、「なにしてんだ」と背後からハカセが現れた。この人もいつも背後から現れるな……。
「おう、来たかデイジー」
「ハカセ! お呼ばれ、嬉しいデース!!」
なんだ、ハカセの知り合いか。それにしてもなんてアンバランスな二人だろう。猫背でボサボサ髪で薄汚れた白衣のハカセ、ピッと背筋の伸びたブロンド美女……二人の接点がまるで分からない。
「……お前なんか失礼なこと考えてないか」
「いえ別に」
「ま、いいや。とりあえず下いこうか。真理矢、悪いけど飯食べたらこいつに茶でも淹れてくれ」
そう言うとハカセは顎で奥に行くよう金髪の人……デイジーさんを促し、去って行った。少し間を開けて皆がそろい始めたので、私は慌てて朝食の盛り付けに戻った。皆に手伝ってもらいながら配膳をしてる最中、私は思わずぽつりと呟いた。
「……ずいぶんベタな人だなあ」




