青空
私が御鬼上さんたちの所にたどり着くと、ちょうど目の前に御鬼上さんと毬音さんが降り立った。頭上に居る大樹の悪魔は本体の異変に気が付いている様子だったけれど、二人がこの場に押し留めているようだ。
「この……じゃまをしおってぇ!!」
大樹の悪魔は苛立たし気に叫び、体から煙を上げて二人から受けた傷を修復し始めた。この隙に私は二人に根を断つことに成功したことを告げる。
「そうか、よくやったな!!」
「あとは私に魂を入れるだけ……」
静かに呟いた毬音さんの言葉に、御鬼上さんは一瞬だけ表情を曇らせた。けれど、次の瞬間にはいつものまっすぐな眼差しで「どうするんだ」と毬音さんに問いかけた。
「あいつが魔素を吸収しているあの触手、その根元まで行きたいの。きっとあのあたりに魂が溜まってる……だからちぃちゃん、援護をお願いするわ」
毬音さんは持っていた剣を、御鬼上さんに手渡した。それはまるで、餞別の品のように見えて、私は言葉に詰まった。だけど、御鬼上さんは短く「まかせて」とだけ呟き、毬音さんをまっすぐに見た。
二人の視線が交わると、真剣な表情が僅かにやわらぎ、そしてまた鋭く引き締まった。御鬼上さんが煙を上げる大樹の悪魔に二つの刀剣を構えると同時に、毬音さんは赤いカプセルを口に含んだ。毬音さんの全身は蒼く透き通るような色に染まって行く。額から伸びた左右非対称の角は清水で出来た氷柱のように美しかった。清廉で穢れのない、麗氷の蒼鬼が私の目の前に現れた。
「真理矢さん、この子の事……お願いね」
胸が震えるほど優しい声色でそうほほ笑むと、氷の飛沫と共に毬音さんはもやの向こうの大樹へと駆けて行った。頬に当たった冷たい氷の粒が、すぐに温かい雫へと変わった。毬音さんは今、死地へと向かった。
私にそれを止める術はない。
私にできる事なんてほとんどない。
それでも、私は――。
「御鬼上さん!」
「おう! なんだ!」
私は腰を沈めて両の掌を足場にするように構えた。
「私が持ち上げます! あいつのところまで飛んで下さい!!」
「でもそんなの……いや、分かった」
そうだ、こんなことしなくてもきっと御鬼上さんは頭上のあいつに届くだろう。アーマーで少しは強化されていても、御鬼上さんたちに遠く及ばない。それでも、私も何かしたかった。そんな私のわがままを、御鬼上さんは汲んでくれた。
「せーので行くぞ、いいな!!」
「はい!!」
「せー……のっ!!」
ズシリとかけられた体重が弾け、上方に抜けていくその刹那、私も思い切り腕を振り上げる。御鬼上さんは大樹の悪魔に向けて一直線に飛び上がる。急接近してくる御鬼上さんに気が付いた悪魔は回復を中断し、両手の刃で御鬼上さんの一撃を受けた。
御鬼上さんは大樹の悪魔を繰り返し踏みつけ、高度を維持しながら両手の刀剣を振る。その度に炎と氷が煌き、大樹の悪魔の体に傷をつけていく。だけど、決定打にはなっていない。やはり魔素の供給を止めないといけないのだろう。
大樹の悪魔の下半身、禍々しく伸びる触手を目でたどってその根元を見ると、もやの奥にうっすらと毬音さんが見えた。遠くに見える毬音さんの体が淡く蒼く光り始め、その光は徐々に強くなっていく。
光が一層強くなったと思った瞬間、その輝きは一気に毬音さんに集束していった。光が吸収されると同時に大樹がぐにゃりと脈打ち、悪魔の下半身の触手から何かが逆流するように根元の毬音さんに向かっていく。
「がぁあぁあ!?」
大樹の悪魔はひっくり返った奇妙な悲鳴をあげた。男の体からはみるみる生気が抜け落ち、全身が死にかけた樹木のようにひび割れた。
「あいつ、なにを……!?」
「おい、ごうつくジジイ!」
異変に気が付き背後に気を取られた大樹の悪魔に、御鬼上さんが不敵に話しかける。ごくりと喉が動き、私のカプセルを飲み込んだのが分かった。御鬼上さんの体が赤黒く染まり、その闘気は遥か下方にいる私の皮膚すら泡立たせた。
「――――っ!!」
「これは村の皆と、まり姉ぇの分だ――――」
大樹の悪魔が御鬼上さんの変貌に気が付き、振り向いた時には既に刀と剣は振りぬかれていた。小さく、何かが切断される音共に、大樹の悪魔の下半身は大樹から切り離された。男がぐるりと一回宙を舞うと、大地を揺るがす轟音と共に大樹が十字に斬り裂かれた。
縦に斬り離された切り口から赤い炎が大樹を焦がし、横に斬り離された斬り口から蒼い氷が大樹を凍り固める。巨大な虫けらのようにうねる大樹は、その身を焼かれ、凍り砕かれ、断末魔の軋みをあげて塵と化した。
大樹が消えると同時にあたりを覆っていた薄桃のもやは霧散した。
上空の御鬼上さんの向こうには、晴れ渡った青空が見えた。




