聖女ゴブリン爆誕①
私はゴブリンになった。
骨ばった緑色の体に禿げた頭。
醜く伸びた耳と鼻。
いやらしく弧を描く口元。
そこから見える汚く尖ったキバ。
どこに出しても恥ずかしくない、ゴブゴブしいゴブリンだ。
なんでこんな乙女心がスレイヤーされる見た目になったのかって?
そんなのこっちが聞きたい。
◆
「……ぎょえええ!?」
私は奇妙な悲鳴をあげて水鏡をひっくり返した。器に入っていた聖水が床にぶちまけられたけど、そんなの構ってる余裕はなかった。水鏡を覗き込んだらゴブリンと目が合ったんです。そりゃ驚くでしょう。
私に叩き落とされた銀の器が、床の上で回る金属と石が擦れ合う。ぐわんぐわんと響き渡る不快な音が収まった頃、私はスマホを取り出し自分自身の姿を確認し、また驚いてスマホを放り投げてしまった。
そこに映っていたのは紛れもないゴブリン。
「な、なんですかコレ! ってこの声も何!?」
聖堂を包んでいた静寂は私のしゃがれた叫び声で破られた。老婆を通り越して化け物じみたしゃがれ声。それなのに、間違いなく自分の喉から発せられているので、自分の声だと分かる。
なにこれすごく嫌だ。
全く状況が飲み込めない。私は今日聖女になりに来たはずだ。筆記も実技もギリギリだけど合格して、ようやく憧れの聖女になれると思ったのに。人々の心を救う聖女になりに来たのに、なんでゴブリンになってんの。現代にゴブリンって浮き具合がすごいんですけど。
「あ、悪魔憑き……』
誰かのその一言で、静寂の質が変わった。驚きと理解不能からくる静けさから、恐怖で引きつった静けさに変貌した。
悪魔憑き、文字通り悪魔に憑かれた人間のことをそう呼ぶ。悪魔憑きは凶暴になるという精神的な変調だけでなく、身体的にも悪魔に近くなるのが特徴だ。身体的には今の私はガッツリ悪魔憑きだ。
「ちょっと待ってください、私は悪魔憑きじゃないです!」
「その見た目、確実に悪魔だろう」
「いえ、あのー。ゴブリンですし? 悪魔と言うよりモンスター寄り……ってことにならないですかね?」
「どちらにしろ危険だ」
「まあそうなりますよね、ゴブリンですもんね」
「は、はやく聖歌隊に連絡を!」
「ちょ、ちょっと……!」
「被害が出る前に討伐依頼をかけろ!」
「ま、待ってええ!!」
私が泣きながら駆け出すと、皆悲鳴をあげて逃げ出した。泣き喚きながら追いかけるゴブリンと、逃げる群衆が広い聖堂内で追いかけっこ。ぐるぐるゴブゴブ大運動会の開催である。意味が分からないのである。
大きな聖堂を何回も周り、口の中に鉄の味がしてきた頃、聖堂の大きな扉が開かれた。それに気がついた瞬間、体が何かに包まれ自由がきかなくなり、顔面から床に倒れ込んだ。「ぶぎゃ」と醜い悲鳴が私の口から漏れる。
「うぅ……」
ずきずきと痛む顔を持ち上げると、白いローブを身に纏った数人が私を見下ろしていた。ああ、間違いない。悪魔憑きを狩る『聖歌隊』だ。私の体を拘束しているのは聖歌隊が使う対悪魔憑き用の拘束具。寝袋みたいに出ている顔の部分しか動かせない。
「どうもー、聖歌隊のおでましですよ~」
「はぁはぁ…お早い到着で」
一番背の低い白ローブが、妙に軽いノリで神父様に話しかける。神父様があんなにぜいぜい息を切らしているの初めて見た。私と同じくらい息を切らしている。
待ってよ、見た目ゴブリンになっても私は人間並みの体力なの? いいとこ一つもないじゃない。ゴブリンの体力がどれくらいなのかなんて知らないけどさ!
「こっからはあたしらに任せて、さっさと逃げな」
「そう、後は我々聖歌隊が皆様の安全を確保いたします」
「あはは~☆ 聖堂ってキレ~、撮っとこ~!」
「……李下に冠を正さず」
なんだかキャラの濃い四人だなあとぼんやり見上げていたら、そのうちの一人が私を肩に担いだ。え、待ってホントに待って。このまま私死ぬの? 急に現実感が出てきて、全身から脂汗が噴き出る。
「ひいいいい! 命だけはああああ!!」
私は白い芋虫のように体をうねらせ命乞いしたが、その願いは聞き入られず、そのまま荷物のように聖堂から持ち出された。
ウオオンと叫びながら命乞いを続けるが、聖堂の前に停めてあったバンに放り込まれ、私の叫びをかき消すようにエンジンが吹かされると、あっという間に聖堂から連れていかれてしまった。
◆
「まったく恐ろしい事だ」
「ええ、まさか聖女候補者が悪魔憑きとは――」
聖堂の扉が再び勢いよく開かれ、その場にいた人々は肩を跳ねさせ振り返った。
「失礼! 我々は聖歌隊です! ご安心下さい!」
「ああ、よかった。ご苦労様です」
「悪魔憑きが出たとの知らせを受けましたが、どちらに!?」
「それでしたら他の聖歌隊の方が連れていって下さりました」
「他の? 近場に居たのは我々だけでしたが……」
「え…じゃああの人たちは……?」
その場にいた全員が、一様に首を傾げた。