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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~常夜之桜~ 編
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また暴走したら

「あが……があぁああああ!!?」


 大樹の悪魔は困惑の混じった叫びを挙げ、禍々い桜の大樹につながった体をめちゃくちゃに振り回した。悪魔の背に剣をに突き立てていた毬音はしばらくは剣を握りしめ耐えていたが、踏みとどまれずに振り落とされた。

 私たちの目の前に降り立ったのは、確かに毬音だった。なぜ、確かさっき不要だと壊されたはずじゃ。顔を上げた毬音の顔は、今まで見てきたものは全く違ったものだった。真っすぐとした強い意志を感じさせる目。


 御鬼上さんにとてもよく似た瞳だった。


 彼女を振り落とした大樹の悪魔は、傷口から広がって行く凍結を叫び声を挙げて無理やりに止めた。それでもダメージは大きかったのか、私たちから逃げるように触手を上に伸ばし、上空で回復に努めていた。


「まり姉ぇ、なのか……?」

「……ちぃちゃんなのね?」


 毬音の……毬音さんの声は優しく透き通るような声だった。ああ、これが毬音さん本来の声なんだ。毬音さんが剣を地に刺し腕を広げると、御鬼上さんはふらつきながらその胸に飛び込み、二人は言葉もなくそのまま抱き合った。

 今は一刻も早く大樹の悪魔を止めなければならない。だけど、二度と再会できないと思っていた、そんな姉妹の抱擁を止める事なんて私にはできなかった。私は黙って、涙で滲んだ視界で抱き合う二人を見ていた。


「大きくなって……」

「でも、どうして?」

「わからない……ぼんやりとしていた意識が突然途切れそうになって、目の前が少しずつ真っ暗になっていって……僅かに見えていた先でちぃちゃんが傷つくのをみたら、体が動いたの……これが奇跡っていうのかしら」


 奇跡でもご都合主義でもなんでもいい。

 御鬼上さんがこうしてまた毬音さんと話せたんだから。


「でも、もう長くは動けない……そんな気がする。悪魔を受け入れる器に残った、最後の『私』をいま消費している、そんな実感があるの」


 毬音さんの言葉に、御鬼上さんは泣きそうな顔で唇を噛み締めた。私も。手足がズシリと重くなるような感覚に囚われた。駆け寄って来た王狼さん達はいつもの姿に戻っていて、その三人にも重い空気が伝染していく。

 毬音さんも目を瞑ってうつむいた。けれど、すぐに顔を上げて御鬼上さんの頭に手をやり――がしがしと力強く撫でた。その、乱暴だけどたくさんの優しさと愛情の詰まった手つき。どこかで見たことがある。


 そうだ、私の頭を撫でる時の御鬼上さんだ。


「そんな顔しちゃだめよちぃちゃん! お友達が心配しちゃう!!」


 言いなれた定型文のような、けれども強く優しい想いが込められた言葉だった。少し間をおいて、御鬼上さんはゆっくりと頷いて「ごめんなさいまり姉ぇ」と言った。その声はしっかりと通る、いつもの御鬼上さんの声だった。


「感動の再開だな!!」


 いつの間にか降りてきていた大樹の悪魔が、下卑た声で叫んだ。毬音さんにつけられた傷はもうすでに完治していた。


「みろこの再生力! 不完全な今ですらこの速さだ! さらに力を溜めれば私は不死身になれる!!」


 悪魔が振り上げた両手を握りしめると地面が揺れ始めた。魔屍画の穴につながる根が、まるで水をくみ上げるホースのように脈打つのがはっきりと分かった。皆が一斉に大樹の悪魔に向けて攻撃したけれど、僅かにひるませるだけで傷は瞬く間にふさがって行く。


「クソ、もう強化されたのかよ!」

「い、一体どうしたら……」

『おい! 聞こえるかぁ!!』


 頭を抱える私の耳元から、ノイズの入った声が聞こえた。この声はハカセだ。慌てて応答したけれど、こちらの声はハカセには届いていないようだった。


『聞いてる前提で一方的に話すぞ! お前のそのゴブリンアーマーはただ身体能力を高めるだけじゃない! お前の血を採って凝縮させる機能もついてる!』


 ノイズ混じりの音声で『胸の所の収納を開けろ』というハカセに従って、胸の部分の装甲を開けて中を見てみると、そこには小さな赤いカプセルがいくつも入っていた。


『そろそろ人数分溜まってるだろ? そいつは渡したシートよりもさらに悪魔の力を引き出してくれるはずだ! そいつを使って早く根を断て! どんどん伸びてこのままじゃ魔屍画どころか危険区の外側まで行っちまうぞ!!』


 ノイズは一層強まり、ハカセの声は聞こえなくなってしまった。


「こいつで更に強化できるのか」

「でも~☆ 強化したところでどうにもならないよ~☆」

「……八方塞がり」

「私に考えがあるわ」

 

 私たちは声の主、毬音さんの方を一斉に向いた。


「常夜之桜を動かしているのは100人分の……私が殺めた人たちの魂……。それを私の中に移しましょう」

「そ、そんなことできるんですか?」

「私は元々強大な悪魔、『燼鬼』を入れるための器としての準備をしていたわ。そのやり方も私は知ってる。100人分といかなくても、魂が入る余地はあるはず。少しでも魂を失えば本来の能力を発揮できなくなるはず」

「でもそんなことしたら……」

「無事では済まないでしょうね。失敗するかもしれない、もしかしたらまた暴走して皆さんを襲ってしまうかも……その時は私を殺して、そうすれば私に移した魂は解放される。それにどのみち私は死ぬわ。試すだけ試しましょう!」


 毬音さんの透き通るような美しい声に、私たちは頷いた。

 ――御鬼上さんを除いて。

 

「…………」

「御鬼上さん……」

「ちぃちゃん、これしかないの。こうするより他にないの」


 数秒の沈黙の後、ふっと息の漏れる音が聞こえた。

 息を吐いたのは御鬼上さんだった。

 御鬼上さんは刀を肩に担ぎ、ニヤリと笑うと、


「安心しな! また暴走したら私が斬ってやるよ!!」


 見慣れた御鬼上さんの笑顔が、そこにあった。


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