根を断て!
「おぉらあ!!」
電車の車両ほどもありそうな根を、御鬼上さんが一太刀で両断する。斬り口が燃え上がるが、根が触手のように蠢き火を消し、延焼することを防いでいた。触手のように動く根は斬り口を再び地中に埋めさせ、また魔素を吸収しようとする。
「あはは~☆ きりないね~☆」
「いくら先端を斬っても仕方がない幹の根元を断つぞ!」
王狼さんの提案に乗り、皆で根元を目指す。襲い掛かる枝や触手を撃ち落とし、斬り飛ばしながら幹へと走る。私も枝を払いのけながら四人に付いて行く。もやの向こうに樹の幹が見えたと思ったとたん、そこから大樹の悪魔が飛び出した。
「邪魔をするなあ!!」
男の叫びと共に太い枝が腕のように地面を薙ぎ、私達は吹き飛ばされた。地面に落ちそうになったところで蛙田さんが触手で私を受け止めてくれた。他の皆も受け身をとって無事だったけれど、また遠くに飛ばされてしまった。
「グルルルル……!」
「あのクソ野郎……!!」
「だが、わざわざ出てきたという事は根元は攻撃されたくないということだろう」
「あはは~☆ なら何回でも挑戦しよ~☆」
それから先、何度も何度も近づこうとしたけれど、上手くいかなかった。距離を離して四方から攻めても、皆で固まって行っても同じ事だった。多少は根を切ることはできても、根元を断たなければ意味はない。
「なんか考えはねえのかハカセ!」
「あるならとっくに伝えてる! 根性で行け!」
ハカセの言う事はめちゃくちゃだったけれど、とにかく近づかないことにはどうすることもできない。私たちは根と枝を排除しながら、ひたすらがむしゃらに近づいていくしかない。
そうこうしている間にも大樹の悪魔は、下半身から伸びて繋がる触手から何かを吸収している。どくどくと繋がる触手が脈打つたびに、肌がぞわぞわとするような感覚が増してくる。
「素晴らしい、すばらしいぞぉ!!」
大樹の悪魔は自身の体を撫でまわし、両の腕を振り上げて恍惚とした叫びを挙げた。近づくだけで肌が泡立ち、動悸が激しくなるほどの気配を男は発していた。男が恍惚とした顔のまま、こちらをちらりと見降ろした。
「いい加減うざったい……とっとと死ね!!」
叫ぶと同時に男の両腕は鋭利な刃物のように変形し、襲い掛かって来た。御鬼上さんの放った弾丸を躱し、両手の刃を振り下ろしてくる。御鬼上さんは刀を頭上に構えそれを受けたけれど、向こうの力の方が強く、受けた御鬼上さんの顔が苦し気に歪んだ。
「ぐ……」
「大好きな姉と同じ場所で死ねるんだ、嬉しいだろうが!」
「てめえだけは…殺す……!」
「やってみろぉ!!」
大樹の悪魔がさらに力を込めると、御鬼上さんの足元がひび割れた。他の皆は根と枝を迎え撃つのに精いっぱいだ。このままではまずい。私は苦し紛れに地を蹴って飛び、男の腕の刃に殴りかかった。腕に金属を打ったしびれが伝わる。
何の意味もないだろうとうっすらと思いながらした行動だったが、私の予想に反して大樹の悪魔の刃は私の拳で大きく弾かれ、悪魔は体勢を崩した。びりびりと痺れる腕をおさえながら、「え、すごっ」と思わず声が漏れる。
「この……おぉっ!?」
その隙をついて、御鬼上さんが刀を持ち変え横に薙いだ。一拍置いて大樹の悪魔の胸の辺りに一本切り傷が入り、緑色の不気味な体液が吹きあがり、そしてその傷口から炎が吹きあがった。
大樹の悪魔は苛立たし気に叫び、炎を手で払い消した。その下の傷はすでにふさがり始めていて、御鬼上さんは舌打ちした。大樹の悪魔はわずかに狼狽した様子だったが、すぐに大きく口を開けて笑った。
「お前ら程度の攻撃ではこんなものよ! 俺はこの樹から無限にエネルギーを採取できる! お前たちに勝ち目などない!!」
高らかに叫ぶと、腕の刃を引っ込めて人間のような腕に戻し、その腕を叩きつけるように動かした。すると、頭上の枝が一斉に私たちに向けて振り下ろされた。まるで戦闘機の絨毯爆撃のような攻撃に、私たちは対処しきれなかった。
なんとか受ける事は出来ても、相手に攻撃を加えられない。枝葉をいくら切ろうが焼こうが、頭上からの攻撃は一向に止む気配はない。それどころか、更に激しさを増してきている。
反撃の糸口すら見つけられないまま、躱す動きがわずかに遅れ始め、迎撃できる数も減る。少しずつ、少しずつ体力を削られ、このままではいずれ致命的な攻撃を受けてしまう。それは分かっていたけれど、どうすることもできなかった。
「どうした? どうしたどうしたどうしたぁ~!? もうじゃれ合いは終わりかぁ!?」
「んの…クソ野郎ォ!!!」
「! よせ!!」
襲い来る枝を斬り払い、飛び上がって大樹の悪魔に斬りかかった御鬼上さんの脇腹に、丸太の様な枝が降りぬかれる。骨が軋み、折れる音が地上にいる私にまで聞こえた。御鬼上さんは吹き飛ばされ、地面を転がり血を吐いた。
私は彼女の名前を叫び、駆け寄ろうとして自分のミスに気が付いた。さっきまでは枝をよける事に集中していたからよけられていたのだと気が付いた。きっと、次の攻撃は躱せない。そんな悪寒が脳から背骨へ降りていく。
私は、巨大な枝に潰される痛みを想像して身震いした。
だが、その痛みが私を襲う事はなかった。
気が付けば、枝の攻撃が止まっている。
「な、に――――」
頭上を見上げると、大樹の悪魔の動きが止まっていた。よく見ると何かが腹部を貫き、緑の体液が滴っている。何が起きたと思うよりも早く、その傷口が高く澄んだ音を立てて凍結する。
あれは――。
「ま…り、ねぇ……?」
大樹の悪魔の背に、剣を突き立てる毬音の姿が見えた。




