とある村の話
「なんだと……?」
御鬼上さんが男を見上げたままそう言うと、大樹の悪魔は不気味な笑みを浮かべたまま、語り始めた。
「お前の中に入っている悪魔は『燼鬼』。すべてを灰燼に帰す鬼だ! わかるか? とてつもない力を持った悪魔だ! それをあの村の連中は自分たちのちっぽけな集落の守り神として扱っていた! その力を使えばどんなことでもできるというのに!」
男が顔を歪めて叫ぶたびに、唾が飛び散る。
「燼鬼も奴らに手懐けられていた……憑代を用意し、もてなせばそれ以上は望まないという体たらくぶりだ。そう、そうだ憑代! その憑代に選ばれたのがそこに転がってる木偶の棒、お前の姉だよ!!」
「一体、何を……」
「不思議には思わなかったのか? この時代、あんな聖歌隊の手も届かないクソ田舎で悪魔騒ぎが起きないことを不審には思わなかったのか? 定期的に器量の良い女を憑代として燼鬼をとどまらせておいたからあの村は無事だったんだ! 憑代といっても今のお前みたいに凡庸な生活を送るのには何の弊害もない。体を乗っ取るわけでもない平和ボケしたつまらん悪魔よ!!」
大樹の悪魔は歪んだ顔を更に苦々しく歪め、
「だがその力は絶大だった。あの村の奴らはそれだけの悪魔を擁しておきながら、ただ日々を安穏と暮らすだけの馬鹿共だ! 俺ならもっと有用に使えた! だが俺は憑代にはなれない、だから俺は考えた、調べた、実行した! 俺がその力を利用する方法をな!!」
「それが、この桜か……?」
「口をはさむな下賤な悪魔憑きめ、だが正解だ! 当初の予定ではその燼鬼をこの桜に取り込ませる予定だったんだが……おい馬鹿妹、記憶にないか? あの村で突然ガキが死んだよな?」
「まさか……」
「そう、あれは俺がやったんだ。悪魔の被害に見せかけてな。のん気な馬鹿共を騙すのは簡単だった。俺の思惑通り、今の憑代が高齢だから燼鬼の力が弱まっていると村の馬鹿共は考えた。それで予定を早めてお前の姉を憑代とする儀式をすることになった、従来より簡素化した方法でな」
男の顔は再び下卑た笑みに変わった。
「それが俺の狙いだった。普段なら選ばれた数人しかその場に立ち会えないからな。そこでさらに、俺は捉えておいた悪魔をお前に入れ込んだ。元々悪魔を憑代に入れるような方法が確立した村だ。応用して悪魔を捉えるのは難しい事じゃあなかった」
御鬼上さんはただ黙って聞いていた。彼女のその様子に、私たちも動くことができず、ただ悪魔の話を聞いていた。
「お前が悪魔憑きになりかけて村の奴らは慌てた。かろうじてお前を縛りつけ、急いでお前の姉に燼鬼を入れようと焦った、その焦りを利用して俺は燼鬼を手にするつもりだった! 桜の肥やしにするつもりだった! ……だが失敗した。お前の姉のせいでな!!」
大樹の悪魔は額に血管を浮き上がらせ、私たちの後ろで起き上がろうとしている毬音を睨みつけた。
「俺が行動を起こそうとした時、悪魔に憑かれたお前が蔵から飛び出して来た。その時だ。その女どうやってか燼鬼をお前に憑依させた。元々お前の中にいた悪魔と入れ替える形でな」
「入れ替える? でもまり姉ぇは、私の腕の中で……!」
「なんだ? 村の奴らを殺したのは燼鬼だと思っているのか? あいつは腰抜けだ。そんなことをできるはずがない。ちなみに言っておくが俺でもない。だとしたら、もうわかるよなぁ? 村の奴らを殺したのは――」
「――お前の姉、毬音だ」
御鬼上さんの全身から血の気が引いたのを、肌で感じた。




