大樹の悪魔
大樹から飛び出したものは老人だった。
いや、老人と言うにはあまりにも若々しい。白い頭髪はその生命を取り戻し、黒く長くたなびいている。隆々とした筋肉か浮かび上がる肉体は、経年による衰えはどこにも見られず、声もまた若々しい張りがあった。
そして、人間と言うにはあまりにも異形だった。若く屈強な体には太い木の根のような血管が浮き上がり、下半身は大樹と触手で繋がっている。それだけの異形の中でも、人間とかけ離れた不気味な眼の光が一番際立っていた。
「この力の漲り…すばらしい……これこそ私が求めていたものだ!!」
老人は――大樹の悪魔は大声で笑った。周囲の空間がそのまま震えるような笑い声が、私たちを包む。高笑いをしていた大樹の悪魔はちらりと私たちを見下ろし、羽虫でも払いのけるように腕を振った。その腕の動きに合わせるように、大木のような枝が私たちに襲い掛かる。
御鬼上さんはとっさに私を庇うように前に立ち、刀を枝に振り下ろしたけれど、抑えきれずに弾き飛ばされてしまった。全身を強く打つ衝撃の後にふわりと全身が浮き落下する感覚。落ちる、そう思った瞬間なにかが背中に触れた。
「っ……! 花牙爪さん?」
私をキャッチしてくれたのは花牙爪さんだった。再び体に感じた浮遊感に、花牙爪さんの体にしがみついた。ずどんと大きな音を立てて地面に着地すると、すぐ隣に御鬼上さんも着地した。
「大丈夫か!!」と声を挙げながら王狼さんと蛙田さんが駆け寄ってくる。その背後に、何かが落ちてきた。咄嗟に構えを取る皆の視線の先に居たのは毬音だった。追撃してきたのかと思ったけど、着地もできずに地面に叩きつけられたところをみるとそうではないらしい。
「なんでこいつも一緒に落ちてくる!?」
「知るか! それよりやべえぞ、あのジジイが……」
「俺がどうかしたか?」
大樹が割れ、その中から悪魔が飛び出して来た。うねうねと不規則な動きをする木の根のような触手の先端には若返った男が、不気味な花のようにくっついている。
「てめえ、なんでまり姉ぇまで……」
「はっ! 姉妹揃って馬鹿だな!」
大樹の悪魔は心底馬鹿にしたような調子で言うと、刀を構えなおした御鬼上さんを指さした。
「燼鬼! もはや貴様など目ではない!」
「見た目は若返っても耄碌度合いは進んだんじゃねえか? 何言ってるかさっぱりだぜ」
「そうだろうなぁそうだろう! お前はなあんにも知らないのだ!!」
絶叫にも似た不快な笑い声を挙げ、大樹の悪魔は大きく手を広げて芝居がかった口調で叫んだ。
「俺は今気分がいい! 最高の気分だ! だから冥土の土産に教えてやろう!」
「なにをだ耄碌ジジイ!」
「お前たち忌々しい馬鹿姉妹が何をしたかをだよ!!」




