赤鬼 蒼鬼
巨大な枝を二人で駆けあがる。
時折襲い掛かかってくる枝は、御鬼上さんが斬り捨て、下から王狼さんが撃ち抜いてくれる。走りながら下をちらりと見ると、蛙田さんと花牙爪さんが襲い来る根を迎え撃っている。
そうやって御鬼上さんの背中にぴったりと張り付くように走っていると、1分もしないうちに頂上にたどり着いた。先ほどまで大きく開いていた口のような部分は閉じていて、その上に毬音が立っていた。
「あれ、さっきまで開いて……」
私が疑問を口にすると、御鬼上さんは下の三人に向かって「樹を攻撃しろ」と叫んだ。下からの返事はなかったが、すぐに足元から振動が伝わって来た。
「……あと少しなのに」
剣を構え、歩み寄ってくる毬音を一瞥すると、御鬼上さんは身を屈めて私を見た。黙って頷くと、「悪いな」と小さく言って御鬼上さんは私の腕に刀で傷をつけた。鋭い痛みと共に流れ出る血を、御鬼上さんが舌で舐めとる。
赤い鬼となった御鬼上さんは、蒼い装備の毬音を正面から見据え、足を前に出した。二人の距離は縮まり、体が触れるまであと数歩と言うところで同時に地を蹴った。刃がぶつかる金属音と共に、赤鬼と青鬼が激突した。
「……邪魔しないで、『ちぃちゃん』!」
「嫌だね、『まり姉ぇ』!」
数度火花が散り、鍔迫り合いになったところを御鬼上さんは毬音の剣を下へと押し弾き、僅かによろめいた毬音に向けて刀を突き出す。毬音は最小限に身を捻りそれをかわし、即座に踏み込み剣を振るう。それを御鬼上さんが受け、再び刃が擦れ合う。
刃が触れ合ったまま、刀と剣が上へ下へと火花を散らして擦れ合う。ひときわ大きな火花が走り、体制を崩したのは毬音。その毬音に向けて御鬼上さんの刀が突き出されるが、毬音は振り向きざまに柄の頭でそれを弾き、御鬼上さんの首元に向けて剣を横に薙いだ。
御鬼上さんは咄嗟に上体をのけ反らせてかわし、そのまま倒れ際に毬音を蹴飛ばした。距離が開き、一呼吸開けてから再び正面に獲物を傾け、構えなおした二人。その姿は、私にはまったく同じに見えた。
「……さっきの三人より強いわ」
「んなこたねぇよ! ただ……何回も見てきた太刀筋だから、勝手に体が動くだけだ」
御鬼上さんの声に僅かに悲し気な響きが混じったけれど、すぐに刀を握り直して鋭い視線を毬音に向ける。毬音は構えたまま目を閉じ、そして見開くと同時に剣が氷で覆われた。間髪入れずにその剣を振るうと巨大な氷柱が地面を走り、御鬼上さんに襲い掛かる。
薄桃の霧よりも濃い冷気が周囲を覆い、目の前が真っ白になってしまった。凍り付くような寒さだ、寒すぎで息も上手くできないし、目もちゃんと開けていられない。御鬼上さんはどうなった。
私が彼女の名前を叫ぼうと口を開きかけると、目の前の氷柱が崩れた。みるみるうちに小さくなり、冷気を上書きするように熱気が当たりを覆う。その熱気の中心に御鬼上さんは居た。彼女の手には赤く燃え盛る刀が握られていた。刀身は炭のように黒く染まり、赤い筋がいくつも走っている。だが、刀身が燃え尽きることは無く、炎はますますその勢いを増しているように見える。
「おかえし、だぁっ!!」
御鬼上さんが刀を振るうと、炎の刃が放たれた。毬音は氷柱を出して止めようとするが、いとも簡単に溶かされ崩され、迫りくる炎の刃を剣で受けたが、勢いを止められずに弾き飛ばされ地面を転がった。
「……!」
「相性最悪みたいだな、『まり姉ぇ』!!」
毬音の感情の薄い顔にも、僅かに焦りのようなものが見えた。このままならいける。そう思ったのもつかの間、大樹が激しく揺れて私たちはよろめいた。地面ごと揺れているような不気味なそれは数秒間揺続き、やがておさまった。
体勢を立て直す間もなく、再び大樹は振動し始めた。先ほどまで開いていた頂上の口が、再び開こうとしているのだと分かった。まるで骨や筋肉が軋むような不快な轟音と共に口は開かれた。
大樹の中からは不気味な桃色の光が発せられ、その光の中から何かがひとつ飛び出した。それは触手の様だったけれど、先端に何かが付いているのが分かった。ちょうど、大人の人間のような大きさの――。
「成功だ…ついに成功したぞぉおおおお!」




