誰かの背中
銃声が轟き、刃の擦れ合う金属音が響き渡る。
不気味な桜の大木を背景に、三人の悪魔憑きが一人の悪魔に挑みかかる。王狼さんは距離を保ちながら銃弾を浴びせかけ、その銃弾の合間を縫って花牙爪さんが爪を振るい牙を突き出す。蛙田さんは敵の反撃から二人を守ることに徹し、二人は攻撃に集中した。
だけど、それでもなお一人の悪魔は――毬音は数の差をものともせずに攻撃をさばいていく。銃弾を最小限の動きでよけ、弾道を切っ先でそらす。爪の一撃をいなし、牙のひと突きを弾く。
「……どいて」
刹那の隙を突いて剣を振るえば、その刀身の軌道に合わせるように人より大きい氷柱が飛び出す。氷柱はすぐに砕けて霧状になり、三人の視界を奪う。気が付いたころには、蛙田さんの傍に毬音が迫っていた。
危ない、そう思った時には蛙田さんは腹部を貫かれていた。だけど、腹部に穴が開いて吹き飛ぶ蛙田さんはネジが外れてしまったような笑みのままだった。
「あはっ…は~☆ かかった~☆」
「……毒ね」
蛙田さんがわずかに咳込みながら立ち上がると、お腹に空いた穴は既にふさがり始めていた。毬音の腕を見ると、刀を握る腕がみるみる紫色に染まっていく。この機を逃すかとばかりに、王狼さんと花牙爪さんの蛙田さんも加わって、攻勢に出る。
毬音は流石に持て余したのか大きく飛び退き私たちから距離を取った。それから感情の無い目で紫に染まって行く腕を見た。毬音がぐっと力を込めて拳を握ると、その腕が氷に包まれた。どんどん氷は膨らみ、やがて砕け散ると、その中には元の青白い腕があった。
「どういうことだ、治ったぞ!」
「あはは~……私の毒が消える温度まで下げたってことかな~☆」
「……荒唐無稽」
とはいえ、ダメージがあったのかそうそう使える技ではないのか、毬音は剣を構えて先ほどよりも慎重にこちらとの距離を詰めてきている。私は王狼さんたちに駆け寄って、私の血を摂取するよう腕を差し出した。
「君の気持は嬉しいが、お姫様を傷つけるわけにはいかないね」
「今はそんなこと言ってる場合じゃ」
「あはは~☆ 実はいいモノもってるんだ~☆」
「……実地検証」
そう言うと三人は赤いシートのようなものを取り出し、一斉に口に入れた。三人の体が震えだし、一気に悪魔の姿になってしまった。だけど、前に見たものとは違って見えた。王狼の目や牙は猛獣のように鋭く光り、蛙田さんの体色は毒々しいまでに鮮やかな色に染まり、花牙爪さんは四つ足の姿勢なのに見上げるほどの体躯になっている。
「なるほど、血『肉』というだけある……」
「あはは~☆ 変な感じ~☆ 体あつぅ~い~☆」
「ゴゥルルルルル……」
え、これ花牙爪さん戻るよね?
「……独活の大木」
よかったちゃんと花牙爪さんだ。
でもその諺、役立たずなでかいやつって意味なんですが。
「危ないから離れていてくれるかな?」
牙をむき出して言う王狼さんに私は黙って頷くと、私は後ろに下がって瓦礫の陰に隠れた。三人の姿は薄桃のもやに紛れて消えてしまったけど、すぐに先ほどの戦いとは比べ物にならないほどの轟音がもやの向こうから聞こえ始めた。
私は何もできないことがもどかしかった。こんなことならハカセの作ったアーマーを着ていればもう少し役に……いや、あれは嫌だな。あの後ゴブリンアーマーⅢを作ってたけど見た目は結局、荒くれ者の鎧でしかなかった。デザインコンセプトがゴブリン寄りなのは何とかならないのか。
「なかなかやるようだな」
「――――――!」
余計な事を考えていたせいで背後の気配に全く気が付かなかった。いつの間にか私の背後に居た老人は私の腕を掴み、無理やり桜の大樹に連れて行こうとする。私は抵抗したけれど、ただの老人とは思えない力で引きずられる。
「さっさと来い、お前の血を試し——」
「オラァ!!」
私はほとんど飛び込むような形で、頭を老人に腹に向けてぶつけた。老人とは思えないほどの筋肉の感触が頭を伝ってきたけれど、効果はあったようで「ぐほっ」と息を吐いて老人はよろめき私から手を離した。
「このぉおお!!」
私はもうやたらめったらにゴブリンヘッドを振り回しまくった。緑色の頭が瓦礫にぶつかるけどほとんど痛みはなく、瓦礫の方が砕けた。その様子を見て、老人は後ずさり始めたので、私は追いかけながらヘッドバンキングのように頭突きを繰り出す。
「オラコラ! 喰らえコラじじいコラ!!」
「だからなんなんだお前、本当に聖女か!」
「うるさい! 必死になったら聖女様だって口くらい悪くなるでしょ知らないけど!!」
醜いゴブリンが頭を振りまわしながら逃げ惑う老人を追いかける。なんだこれはカオスすぎるだろう。ふと自分を客観的に見てしまい正気に戻りそうになるが、一呼吸おいて一歩下がって狂気に逆戻り、頭を振りまわしまくる。
逃げ惑っていた老人が脚をもつれさせ倒れ込んだ。今だと言わんばかりに私は飛び上がり、「きぇえええい!」という奇声と共に頭を思い切り老人に向けて振り下ろした。客観的になってはいけない。決して。
「……あれ!?」
僅かな鈍痛を頭に感じながら立ち上がると、そこには誰も居なかった。よけられたか、そう思って視線を動かすと、世界が回った。ふわりと宙に浮いた感覚の後、背中に何かがぶつかって来た。
「う……!」
吹き飛んで地面に落ちたんだと気が付くのに数秒かかった。背中の痛みに加えて頬から鼻にかけて熱い痛みが広がる。ぼやける視線をあげると、老人を庇うようにして立つ毬音が脚を下げるのが見えた。
どうやら私は彼女に蹴られたようだ。私の痛みよりも、さっきまで毬音と戦っていた三人の顔が浮かんだ。今ここに毬音が居るという事は、三人はどうなったのか。私の思考がまとまる前に、毬音が一瞬で距離を詰めてきた。
下段に構えられた剣が見えた。
斬られる。
私は反射的に目を瞑った。
「――――……?」
だけど、斬られた痛みがやって来ることは無かった。
代わり鋭い金属音が私の鼓膜を揺らした。
ゆっくりと瞼を開けると、私を守るように立つ誰かの背中がそこにあった。
その服装には、見覚えがあった。
その背中に向けて、私は震える声を投げかけた。
「――御鬼上さん……!」




