愛想が尽きた
真理矢が消えてから数分後、千晴たちは一旦デビルバニーに戻っていた。三人の悪魔憑きにハカセが加わった四人でテーブルを囲んで話し合っていた。一分も経たないうちに「すぐに追いかけよう」と立ち上がろうとしたルディをハカセがなだめる。
「あせるな、ちゃあんと発信器で行方は追ってるし、生体反応もきちんと届いてる」
「場所が分かっているなら早くしなければ!」
「その場所が問題なんだ。発信器の場所は『魔屍画』だ。多分あの女は……千晴の姉ちゃんは今までに戦った奴らとは格が違う。何の準備もなしに突っ込んでどうする」
そう言うとハカセは机上にガタンと乱雑にアタッシュケースを置いた。側面の液晶になにやら打ち込むと空気が抜けるような音がしてケースが開いた。その中には赤く小さなシート状のものが入っていた。
「あはは~☆ なにこれ~☆」
その内の一つをきらりが摘まみ上げる。肉片を押し固めたような赤いシートは、付箋のように数枚重なって張り付いていた。
「名前はまだ決めてない、真理矢の血と……肉を固めたもんだ。心配すんなあいつから削いだりしてない……でだ、そいつは前に作った飴玉より聖女の血の含有量が多い。それに飴みたいに砕ける事を心配しなくていい。これでお前さんたちの力を底上げしようってわけさ」
「……秘密兵器」
「そこまでのもんでもない、まだまだ改良の余地はある。本来なら飴玉の時の課題を全部改良したものを渡したかったが、状況が状況だ。とりあえずこれを持って――」
ハカセの言葉は、ルディの「おい」という声で遮られた。彼女が肩越しに話しかけたのは千晴だった。彼女は四人とは一つずれた場所のソファに腰掛け、黙りこくっていた。
「さっきからなにを呆けた面をしている?」
ルディの言う通り、千晴の顔には覇気がまるでなかった。口を堅く結び、顔を歪めてソファに力なく腰掛けている。腑抜けたままの様子で反応もしない千晴に、ルディは静かに非難の色を込めて問いかける。
「魔屍画だからと脅えるタマではないだろう?」
「……は」
「なんだはっきり言え」
「……私は、無理だ」
千晴の言葉に、ルディが立ち上がった。その場にいた全員が、彼女の全身から怒りが吹きあがるのを感じた。きらりや紫陽、ハカセまでもが顔を強張らせるほどの怒気だったが、千晴はそれでも反応しなかった。
「無理とはなんだ、死ぬのが怖いか」
「……まり姉、が」
「相手が姉だから戦えないと?」
千晴は何も答えず自身の髪を鷲掴みにし、両手で頭を抱えて小さく頷いた。まるで幼児が恐ろしい物を見ないように怯えているようなその様に、ルディは怒りと失望の混じった息を吐いた。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまでとはな」
「あはは~☆ そこまで言う事……」
「……忠言耳に逆らう」
ルディは身を屈めて血のシートを一つを乱暴に掴み取り、
「お前には愛想が尽きた。二度と私の前に顔を見せるな」
そう言い捨てて外へ出て行ってしまった。残されたきらりたちは顔を見合わせたが、何も言えずに時間が過ぎた。沈黙に耐えきれなくなったのか、千晴はふらふらと立ちあがると「ごめん」と小さく呟いて二階へと行ってしまった。
「お前たちはどうする」
「……あはは~☆ 私たちは行くよ~☆」
「……精神一到何事か成らざらん」
「そうか、気を付けてな。真理矢の場所はきらりの『パンドラ』で見れるようにしてあるからそれを追え。あと……あいつの事は私が見ておくから心配するな」
ごきりと肩を鳴らして「無事に帰ってこいよ」と言うハカセを残して、きらりと紫陽も血のシートを手に、外へと向かった。ドアベルを鳴らして扉を開けると、ルディが扉横の壁に背を預けて立っていた。
ルディは出てきた二人に「あいつは?」と声をかけるが、首を振る二人に「そうか」と視線を下に落としただ、すぐに鋭い視線を持ち上げた。きらりは頷き、手にしたスマホを見ながら二人の先に立って駆け出した。
三人は、いままで近づいたこともない危険地帯に向けて、まっすぐに駆けて行った。




