重苦しい
ノックしようとした手を止め、私は部屋に飛び込んだ。
叫ぶ声を頼りにベッドまでたどり着き、布団をかぶる御鬼上さんを見つけた。どうしていいか分からなかったけど、落ち着かせようと優しく抱きしめた。初めは何かを叫びながら暴れていたけど、布団が取れて目が合うと、御鬼上さんは動きを止めてくれた。
「お、まえ……」
「はい、真理矢です」
「わた、しは……」
まだ混乱している様子の御鬼上さんの手を私はそっと握った。汗で湿っているのにまるで氷でも触っているかのように冷たい。そんな手を温めるように両手で包むと、御鬼上さんの顔に血の気が戻ってきた。
「落ち着きましたか?」
御鬼上さんは小さく頷いた。ひとまず大丈夫かなと立ち上がろうとすると、御鬼上さんは私の手を引いた。ここに居てくれと訴える目は脅えた子供みたいで、私の知ってる御鬼上さんとの差に驚きながらも、私はそのまま腰を下ろした。
「昼間のあの人、誰か御存じなんですか?」
「あ、れは……」
長い沈黙の後、御鬼上さんは口を開いた。その内容はとぎれとぎれで要領を得ないものだったけれど、毬音さんは御鬼上さんのお姉さんで……そのお姉さんを殺してしまったのだと分かった。
「でも、昼間のあの人は……」
「わからない…でも、もし生きてたら……!」
いつもの豪快で頼りがいのある御鬼上さんはどこかに消え失せ、今の彼女はまるで駄々をこねる子供のように見えた。
「あの様子だと毬音さんはまた来ると思います。その時に話を聞いてみませんか?」
私が落ち着かせるためにそう言うと、御鬼上さんは短く何度も頷いた。「休んでください」と言って寝るように促すと、御鬼上さんは素直に従って横になった。
しばらくは不安げに視線を泳がせていたけど、気疲れしていたのかやがて目を閉じて眠ってしまった。起こしてしまわないようそっと部屋を出ると、皆が部屋の外で待っていた。
「……どうだった?」
首をかしげて尋ねてくる花牙爪さんに、聞いたこと、見たことをそのまま伝えるとその場にいた皆が深く息を吐いた。
「やれやれ、どうしたものかな……」
「こんなこと初めてだもんね~……☆」
「……驚天動地」
「とにかく、昼間のあの人……毬音さんを探すしかないと思います。御鬼上さんの勘違いで、本当は生きていたならそれでいいですし……でも、もし……」
そこから先は口には出せなかった。昼間の様子から、毬音さんがまともではないことは皆分かっていた。となれば、考えられる可能性は限られて来るうえに、その先に待つものはとても口には出せなかった。
しばらく、私たちはその場から動けず、口を開くこともできなかった。ハカセが「ひとまず今日はゆっくりしろ」と言い残して部屋から離れていったので、それを合図にしたかのように皆自分の部屋へと戻って行った。
部屋に戻った私は、ぼふんとベッドに倒れ込んだ。悪魔狩りは平穏に過ごせるものではない事は身に染みて分かっている。でも、こんな形で苦しむことになるなんて思っていなかった。
苦しんでいるのは御鬼上さんだ。でも、私には御鬼上さんになにを言っていいのか分からなかった。これから先、どうしていいかも分からなかった。考えても体力だけがすり減り、思考がまとまらなくなる。
結局その日は重い雰囲気が家中に充満していた。御鬼上さんは夕飯の時間になっても部屋から出てはこなかった。ノックして返事はあったからとりあえずは大丈夫だと思うけど、心配でしかたがない。
でも、私にできる事は何も思い浮かばなかった。
重苦しい空気のまま、その日は過ぎ去った。
そして次の日の朝。
昨日と同じ時間に、毬音さんが現れた。




