ゴブリン不在=怠惰
「……何があったんですか皆さん」
菊さんのお墓参りから帰ってきた私は、目の前の惨状の説明を求めた。皆がだらけきった様子であちこちに横たわっているのだ。一瞬倒れてるのかと思って焦ったけど(そのせいでゴブリンに戻ってしまった)、私に気が付くと皆が一斉にだらけた反応したので安堵した、と同時に呆れたようなため息が口から漏れた。
「お~おかえり~……」
「なんでこんなにだらだらっとした感じになってるんですか」
「ん~……なんかやる気が起きないんだよなあ」
「何かそういう悪魔憑きに攻撃されてるわけじゃないんですよね」
「それは、だいじょ~…ぶ……」
ソファに体を沈み込ませながら御鬼上さんがだらだらと答える。ソファ脇の机に向かって手を伸ばし、天板を叩くように無造作に探って紙カップを掴むと、中身の細かい氷を口に流し込んでがりごりと噛み砕いて、またソファにだらりと体を預ける。
ていうか机の上汚いな。食べ散らかしたジャンクフードの包み紙が紙箱が散乱していて、オシャレなローテーブルは見る影もない。一日でここまで汚れる?
「筋トレでもしたらいいじゃないですか」
「今日は休養日……」
大あくびをしながら答える御鬼上さんから視線を外し、今度は対面のソファに座っている王狼さんに目を向ける。ふわふわとした毛玉三つに埋もれている王狼さんの視線はこっちを向いているけど、焦点がぼやぼやしていて定まっていない。
「やぁ、おかえり……」
「王狼さんまでどうしたんですか」
「この子たちがクーラーが寒いって言いだして…ね……」
王狼さんを包む三つの毛玉はケルベロスの三人娘だ。三人ともすやすやと寝息を立て、ぴったりと体を寄せあっている。その規則正しい呼吸音と温かい体温が、王狼さんの精気をゆるやか平和的に吸い取っているんだろう。
というか三人の口元すごく汚れてるんですが。王狼さんと三人の周りから甘いハチミツの香りがする。ソファの周りにいくつも落ちているお菓子の袋が香りの正体だろう。すごいな10袋くらいあるんですけど。
「ずいぶん食べましたね」
「うん、まあ…そうだね……」
ぽやぽやしていて会話にならないソファエリアから離れて振り向くと、夏用カーペットの上に折り重なるように倒れている二人の元へ近づいた。両腕を伸ばして突っ伏している花牙爪さんの上に蛙田さんがだらりと体を預けてスマホを見ている。
「お二人は大丈夫ですか?」
「あはは~……☆」
「いや、あははじゃなくて」
「…………」
「花牙爪さん生きてます?」
「…………縦のものを横にもしない」
よかった生きてた。
「なんで皆さんこんなにだらけてるんですか!!」
私が叫ぶと、四人はするすると手を伸ばして同時に私を指さした。え、私のせいなの?と、呆気に取られている私の前に薄汚れた白衣が現れた。
「お前さんが居ないとどうにもリズムが崩れてなぁ」
どういうことですかと尋ねると、ハカセはごきごきと肩を回した。
「どういうことなんだかね。あいつら今までは自分勝手に過ごしてなんともなかったのに、お前さんが色々世話焼くからこんなことになっちまった。なにしても半端な気がしちまうし、何口に入れても味がぼやける……私もどうにも肩こりが気になるようになっちまったしな」
いや、お世話しろって言ったのは貴女じゃないですか。という言葉は飲み込んで、私はもう一度ため息を吐いた。さっきみたいに呆れが混じったものではあったけど、すこし嬉しいような気持も混じった、小さな吐息。
「皆さん、夕飯は何が食べたいですか?」
皆だらけたまま口々に料理の名前を私に投げかけた。少しすると皆体を起こし、私に向けて自分の食べたいもののプレゼンの様な物をし始めた。私が笑って「じゃあ全部作りましょう」と笑うと皆一斉に立ち上がり、買い物を手伝うと言ってくれた。
「それじゃあ行きましょう!」
身支度をして戻って来た私がそう言えば、皆が園児のように「はーい」と返事をしてついて来てくれた。皆の一緒に買い物をして、料理をして、私の居場所がここにあることを感謝した。
初めは皆が怖かった。
今でも悪魔狩りは怖いけど、皆が居てくれるなら。
私はここで生きていきたい。
私の過去を断ち切ってくれた皆のために。
私の力を使いたい。
そう、心から思った。
でもこの時の私は、まだ分かっていなかった。
私と同じ様に、皆にも過去があることを。
消してしまいたい、過去があることを――。




