これからもどうかよろしく
目を開けると、高い天井がぼんやりと見えた。
ここはどこだろう。私の部屋じゃない。
さっきまで彼女の……珠奈の近くにいたはずだ。
あれは全部、夢だったのかな。
起きようと体に力を込めると、頭に鈍い痛みが走って上体を上げる事ができなかった。咄嗟に額に手を当てると、つるつるのゴブリンの頭に何かが貼りつけてあった。張り付いた布のようなものに触れると、ぶよぶよしていてなんだかぬるい。冷却シートだろうか。横になったぬるくなったそれをはがして――。
……これなんだ?
布みたいな面は普通だけど、裏面が青じゃなくて紫だ。
それになんか蠢いてないこれ。
「おう、起きたか」
鈍痛が続く頭を動かして声のした方をみると、ハカセがいた。という事は、ここはデビルバニーの店内か。視線を動かしてみればいつものバーカウンターやソファに皆が座っているのが見えた。
「あの、これなんですか」
ぐよぐよと手の中で蠢く紫の物体を指さすと、ハカセはコーヒーを啜った。
「発明した魔力シートだ。悪魔の力を促進させて傷を回復できる」
ハカセが小さく「はず」と付け加えたのを聞き逃さなかった。どういうことかと問い詰めようとすると、私の周りに皆が集まってきた。皆に一斉に覗き込まれて、口々に何かを言われ、「大丈夫ですから」と返すのが精いっぱいだった。
「真理矢!」
四人を押しのけ、彩芽お姉ちゃんが私に抱き着いた。その衝撃で頭にぐわんとした痛みが走り、「んがっ」と変な声が口から漏れ、ぎゅうぎゅうと抱き締められて「ぉうげ……」と妙な呻きが口から出でると、お姉ちゃんは「すまない」と言って体を離した。
「急に倒れたから心配で……あれだけ蹴られたんだ、無理もない。」
蹴られた。という事は、さっきまでの出来事は夢じゃなかったんだ。
「あの後どうなったの?」
「何も、討伐完了報告を上にあげてそれで終わりさ。お前はもう何も心配することはないんだよ」
私は小さく相槌を打って、また天井を見上げた。
そうか、全部現実の事だったんだ。あの子は死んでしまったんだ。
あの時、あれでよかったんだろうか、もっと別の言葉があったんじゃないか。
結局あの子の事を完全に忘れる事なんて、できないんだろうな。
でも、体が軽くなった気がする。
あの子が死んで気が晴れた方からじゃない。
許すと伝えられたから。
私の恨みを、あそこに置いてこれたから。
きっと私は前に進める。
「………」
自分で自分を追い詰めて。
自分で自分が嫌になり。
自分で自分の運命を呪った。
それでもみんなに助けられた。
みんなに甘えて救われて。
みんなに甘えて解放されて。
みんなに甘えて希望を持った。
私ひとりじゃなんにもできない。
そんな私にできる事。
助けてくれたみんなのために。
私がひとつ、できること――。
「真理矢、まだ安静に……」
私は痛む頭を抑え込み、なんとか上半身を起こした。心配するようにみんなが体を動かしてくれたのが変に嬉しかった。みんながみんな怪我をしているのに、私を心配してくれている、それが嬉しかった。
「みなさん、本当にありがとうございました……みなさんのおかげで私は前に進めます。本当に、ただ前だけ見て進めるようになりました」
私は涙を堪えながら口を開いた。
「私はいつか、聖女になりたいんです。ゴブリンとか人間とか、そういうのは関係なく……誰かを救えるような、私を救ってくれたみなさんのように、なりたいんです」
私は息を吸い込み、大きな声を出した。
「だから、そういう聖女になれるまでお世話になりますので、これからもどうかよろしくお願いします!!」
しん、と静まり返った後、みんな一斉に笑い出した。
「ま、こちらとしてもお前さんを逃がすつもりはないがね」
「聖女になるいい方法がある、筋肉をつけて強くなることだ!」
「馬鹿かお前は。この美しさを筋肉で汚すな」
「あはは~☆ これからもよろしくね~☆」
「……肝胆相照らす」
にこにこと私の周りで笑う人たちは、ほとんどが悪魔に憑かれている。でも、そんなことは関係ない。こうして私に笑顔を向けてくれる、優しい人たちだ。みんなのように、誰かのために体を張れる優しい人に私はなりたい。
私も思わず笑顔になると、お姉ちゃんがもう一度近づいてきた。お姉ちゃんはどこか申し訳なさそうな顔で私を見降ろした。でも、その目は優しかった。
「……はじめはこんなところに預けるのは嫌だった。でも、それは間違いだったと気が付いたよ。真理矢はここで、真理矢が行きたい道を行くといい」
私が頷くと、お姉ちゃんは皆を見回し「もちろん度が過ぎるようなら考えさせてもらうがね」と言ってから、何度かせわしなく瞬きをして、頭を下げて「妹を救ってくれてありがとう」と小さく呟いた。
「別に、お前さんらがこっちについてくれる限り聖歌隊の討伐対象にはならんから、やったまでだよ」
「それでも、礼を言いたい。ありがとう」
照れ隠しを真正面から返され、ハカセは視線を泳がせ、もう中身のないコーヒーカップに口をつけて、誤魔化すように私に「おい」と声をかけた。
「お前さん、いい聖女になるったってどうするんだ」
「そう、ですね……さっき御鬼上さんも言っていましたけど、まずは強くならないとなって」
「お? 筋トレするか!?」
「筋肉もそうですがなにかもっと……」
「ちょうどいいのがある」
ハカセはコーヒーカップを乱雑にカウンターに置いて消え、1分少々で戻って来た。手には白い棍棒みたいなものが握られていた。ところどころに金色の釘のような物が打ち付けてある。
「お前の武器、ホーリーグラブだ!」
「ホーリーグラブ!?」
「聖女ゴブリンにぴったりな武器だろ!」
「聖女要素が色だけ!」
「あとこれだ、ゴブリンアーマーⅡ!!」
毛皮だの骨だのをあしらったゴブゴブしいアーマーが引っ張り出される。これも白を基調として金で装飾されているけど、どう見ても荒くれゴブリンの鎧でしかない。今の私の体にぴったり合いそうなのが嫌だ。
「ていうかⅠは!?」
「Ⅰはマネキンで試したら勝手に動いて四肢がもげたから失敗作だ!」
「なにそれこわい!」
「たぶんきっと大丈夫だから着てみろって!」
「やめろぉ! はなせぇ!!」
無理やり着せようとしてくるハカセ、それをすごい剣幕で止めるお姉ちゃん、その様子を見ながらゲラゲラ笑う御鬼上さんたち。本当にこの人たちを目指していいのだろうか。さっそく揺らぎ始めた決心の弱さを、私は嘆いた。
でも、その日から悪夢を見る事は無くなった。
『田中真理矢と言う人間』完結できました。
読んで下さった皆様本当にありがとうございます。
今後もまだまだ続いて行きますので、ぜひブックマーク・評価をお願いいたします!!




