赤い枝
私はなんとか立ち上がり、シュナを見下ろした。
ガンガン痛む頭に反射的に手をあてて、折れたはずの腕が動くようになっている事に気がついた。流石は悪魔の再生力、いや聖女の力なのかな。……そんな事は後でいい、私はひとつ息を吐き出してから、両ひざをついてしゃがんだ。
「あん、た……」
恨めしげに私を見上げるシュナの顔を見て、私は言葉を詰まらせた。何を言っていいか分からなかった。ここまで来たのに、皆に助けてもらったのに。彼女の顔を見つめたまま、私は身じろぎ一つ取れなくなっていた。
「駄目だ危険だ、離れるんだ」
「……」
「真理矢……?」
今ならなにか話せるんじゃないかと思った。話すことで、この子との何かが断ち切れるんじゃないかって思った。でも、こうして近づいて、顔を突き合わせると、ただ黙って彼女を見ている事しかできなかった。
「あんた……本当に馬鹿ねぇっ!!」
シュナは叫ぶと同時に私の首をわしづかみ、抱え込んで立ち上がった。私の首元には彼女の爪が押し当てられる。
「真理矢っ!!」
「近づくんじゃないわよ! こいつの首掻っ切るわよ!!」
心の奥底から湧き上がった感情。
間抜けに捕まった自分への失望。
卑怯な手を使った彼女への憤り。
その二つを自覚して、私は自分の目的がなんだったのか気が付いた。
私はこの子と話したかったんじゃない。
この子を、責めたかったんだ。
この子のせいで私の人生は狂った。普通の学校生活というものをこの子に奪われた。憎くて、憎くて仕方がなかった。死んでしまえばいいと思ったことも一度や二度じゃない。彼女を責めて、罵って、すっきりしたかった。
話したい、なんて綺麗な事を言っておきながら、私はただ彼女を罵倒をしたかったんだ。皆を巻き込んでおきながら、結局は稚拙な復讐がしたかった。そんな惨めな自分に気が付いたから、言葉が出なくなったんだ。
あの時、いじめられていた時と何も変わってない。あの時はシュナに何もできない自分を責めた。なんで反撃できないんだ、なんで私がこんな目に遭うんだ、それは私が弱いからだ、運の無い女だからだ……そうやって自分で自分を責めて、壊した。
そして、今はどうだ。お姉ちゃんや皆の背に隠れて彼女を打ちのめし、圧倒的に有利な状況で彼女を罵ろうとした、壊そうとした。何にも変わってない。壊す対象が自分からこの子に変わっただけだ。
「ほらぁ! あんたも早く泣き叫んで命乞いしな!!」
「……千田くん、江本くん、田島さん、根布くん――だったよね」
「あぁ?」
「今でも覚えてるよ。私をいじめてた時に貴女と一緒にいた人たちの名前。今も同じだね、人は変わってもあなたの周りにはあの時と同じような人が居る」
「なに言ってんのよ」
「……何にも変わってないよね」
首筋に細い線のような痛みが走る。シュナが私の首を薄く切ったのだ。でも、不思議と恐怖はなかった。さっきまで全く動かなかった口が、勝手にすらすらと動き、言葉を紡いでいく。
「何が言いたいんだって、聞いてんのよ!!」
「私は学校には行けなくなった。貴女のいじめが原因で。でも、その後たくさんの良い人と出会えた、素敵な場所もいくつも見つけた、かわいいお洋服も、おいしいごはんも……」
「それが何だってのよ!!」
「でも、心の奥底で貴女がいつも邪魔するの。私の足を掴んで離さないの……もしかして、貴方も一緒――?」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃ――っ!」
彼女が苛立たし気に床を踏みつけた瞬間、私は宙に浮いていた。何が起きたか分からなった。落ちていく視線の先には穴の開いた天井と、空に浮かぶ月が見えた。数秒の浮遊感を味わった後、私は地面に放り出され転がった。
全身を打ち付けた痛みにうめいていると、体が持ち上げられ――。
「おやおや、瓦礫と一緒に天使が降ってきたよ」
耳元で囁かれる、歯の溶けるような甘い言葉。目に入った粉塵を擦り取ると、王狼さんが傷だらけの顔で笑顔を見せてくれた。その後ろには蛙田さんと花牙爪さんの姿も見え、上階からお姉ちゃんと御鬼上さんも降りてきた。
「皆さん、無事だったんですね……!!」
「ああ、楽勝だった」
「あはは~☆ 楽勝~☆」
「……赤子の手をひねるより簡単」
言葉とは裏腹に、皆傷を負って血を流していた。そんな状態になっても強がり、笑ってくれる皆の姿に、私は涙が零れそうだった。
「あの子は、シュナは?」
「……決着は付いたみたいだ」
お姉ちゃんが顎で指す方を見ると、横たわる彼女が見えた。
彼女の胸の辺りから、何かが天に向かって伸びている。
月明かりに照らされたそれは、赤く太い枝のように見えた。
それは枝ではなかった。
先端が、鋭利に尖った鉄パイプだ。
赤いのは、彼女の血だ。
地面から突き出たパイプが、シュナの胸部を貫いていた。
今更ですが、今回の敵5人の名前と憑いた悪魔は以下の通りです。
・瀬川和珠奈 :エンプーサ
・牛窪丞 :ミノタウロス
・牙秀也 :ジェヴォーダンの獣
・毒棘詩尾里 :マンティコア
・鉄屋正剛 :グレンデル




