先読み
壁から壁へ、きらりは飛び回る。
きらりが壁を蹴ると、その場所に毒棘やガラス片が突き刺さる。壁から壁へ移動するごとに、きらりの居た地点に棘とガラスが飛ぶ。きらりはそれらを危なげなくかわすが、彼女に襲い掛かるものはもう一つある。
「いつまで逃げてられるかしらねえ!!」
棘女は嗜虐に少しのいら立ちをまぜた声で叫ぶと、サソリにも似た巨大な尾を空中のきらりに向けて突き出した。きらりは迫る尾の針を、くるりと体を回転させてかわした。
「逃がすかぁ!!」
巨大な尾の、棘の様な毛が生えた節の部分が直角に曲がり、きらりを追いかける。きらりは想定以上の可動域の広さにわずか驚いたが、スマホから伸ばした触手を付近の柱に巻き付け、体を引っ張ってかわした。
「あはは~☆ 惜しい惜しい~☆」
「クソが……!」
棘女は悪態をつき、首を傾けて笑うきらりに向けて棘と尾の攻撃を続ける。一見、冷静さを欠いているようにも見えたが、棘女は頭の中でしっかりと勝利への道筋を描いていた。
生意気な口ばかりききやがって。お前が私に勝つには私に近づくしかない。バカげた脚力で直接攻撃するか、体内の毒を私に撃ち込むしかないんだ。確かにあの毒はちょっとやばい、口の中に入った分を解析したが、毒使いの私でも完全には分解できない毒だった。
だが問題はない。微量ならば無毒化できるし、そもそも喰らうはずがない。スマホの触手は伸びてせいぜい数メートル。まだほかにも機能はあるかもしれないが、これから奴の周りに『張って』おけば、変な動きは察知できる。それに仮にくらったとしても――。
棘女は口を歪めて笑うと、牙だらけの口を開いて音のない声をきらりに向けて放った。無音の声はきらりに当たって跳ね返り、棘女の耳へと帰ってくる。棘女は音を形状として認識し、視覚以上に目の前の標的の姿を捉える事が出来た。
きらりの体、筋肉、眼球……それらの向きや動きから次の行動を予測して攻撃する。きらりのスマホから何かが分離すればそれを率先して破壊する。この先、棘女はきらりが動かなくなるまでそれを繰り返すつもりだった。
(この能力で、私は常に先読み。あんたは常に数手遅れるってわけ……)
実際、その戦法は決定力に欠けるきらりに効果的な戦法であった。覚醒したとしてもスマホ『パンドラ』の機能は強化されても機能が増えるわけでは無い。身体能力こそ向上しているものの、棘女のように隙なく攻撃されては近づくことができない。
きらりは攻めあぐね、少しずつ体力を削られ、ついに尾の一撃をかわしきれずに喰らってしまった。毒針こそかわしたものの、丸太の様な尾がきらりの体をくの字にへし曲げ、吹き飛ばした。壁に叩きつけられずるりと地面に落ちたきらりに数本の毒棘が突き刺さる。
「あは……ッ☆ いった~い☆」
「やっと大人しくなったわね」
毒に侵されたきらりだったが、溶ける事はなかった。覚醒した再生能力が毒による体の崩壊を防いでいた。だが、そこにリソースを取られている分、尾によって受けた傷を再生するのに手間取っていた。
そして、その隙は見逃されるわけもなかった。棘女は残虐な性根を隠そうともせずに顔を歪めると、太い尾を弦にかけられた矢のように引き絞った。一撃できらりの心臓部を突き貫くつもりだ。
「あは、あはは~☆」
「ムカつく笑い声ね」
棘女はそれでも油断することなく、きらりから距離を離したまま、もう一度音の反響を確認した。きらりの周りにはおかしな動きはないことを確認すると、更に尾を引き、自身の顔の横に毒針が来るところでぴたりと止め、狙いを定めた。
「あっははは~☆」
「何がおかしいのか知らないけど、それもこれで聞き納めね」
「だってさ~……そこまでやりやすい位置にこられると笑っちゃうよ~☆」
「はあ? あんた何言って――」
ちく、と僅かな痛みを、棘女は首筋に感じた。
小さな痛みの元へ向けて、何かが流れ込んでくるような感触。
1秒と待たず激痛が走り、がくりと膝をついた。
膝立ちのまま動揺している棘女の前で、きらりは自身に突き刺さった棘を引き抜いた。体の再生を待って立ち上がり、大きく伸びをしてから、棘女の首筋に手を当てた。人差しと中指で、首に刺さった針のようなものを引き抜く。
「な…な、あ……?」
「これね~☆ あなたに足食べられた時に尻尾につけておいたの~☆」
「な、どう、し……!」
「ワタシ攻撃手段ないから~☆ もし近づけなくなったらますいな~って~☆」
「そ、な……!」
きらりは感情の読めない笑顔を、膝立ちの棘女にずいと近づけた。
「先読み、ってやつかな~☆」




