お覚悟~☆
きらりの周りに乾いた音を立てて毒棘が散らばる。
続けて打ち出される棘を、きらりはスマホから伸ばした触手で撃ち落としていく。弾かれた棘がガラス容器に突き刺さりひびが入った。それを横目で見ていたきらりは触手の一部を使って体を浮かせると、それと同時に容器が割れた。
床一面に広がった液体と奇妙に変色した悪魔憑きの遺体から、鼻腔に突き刺すような臭いが放たれる。きらりは貼り付いた笑顔にわずかに不快感を浮かばせながら、薬品が広がっていない部屋の端まで、宙に浮いた体を移動させた。
「大事なコレクション台無しにしちゃったね~☆」
「さっき言ったでしょ。もう飽きたの」
びちゃびちゃと足音を立てながら薬品の中を歩く棘女に、きらりは笑顔を貼りつけたまま首を振った。更に棘女は自身の棘を遺体に突き刺したので、きらりは笑顔のまま眉をひそめた。毒の効果か、遺体が紫色の粘液に変わっていく。
「いらないのよ、こんな……のッ!!」
棘女が投げつけてきた半液体の遺体を、きらりはスマホから出した盾で防いだ。盾の向こう側で聞こえる溶解音の後、何かが盾を突き破ってきた。当たりはしなかったものの、きらりはバランスを崩して地面に落ちた。床に広がっていた薬品が肌に触れ、不快な冷たさを感じた。
「うへぇ……気持ち悪~い☆」
「避けてんじゃないわよ」
大きな蛇のようなものがきらりの盾を放り投げると、するすると棘女の元へと戻って行く。それは蛇ではなく巨大な尾だった。人間の胴ほどもありそうな大きさで、ところどころに毛の様な棘が生え、その先端にはサソリの毒針のような物が見えた。
「でも、今のやり方はよかったかもね。もう少しで串刺しにできた」
棘女は尾を天井付近まで持ち上げると、ぐるりと一回転させるように薙ぎ払った。巨大な尾は分厚いガラス容器を簡単に打ち砕き、薬液と死体と不快な臭いをまき散らした。棘女はぴんと指を弾き、毒棘を死体に突き刺した。
「さあて、今度はかわせるかしら?」
棘女は口元を歪めると、溶けた死体をまとめて尾で持ち上げ、きらりに向けて投げつけた。溶けた死体を数個の盾で受けると、先ほどと同じように尾が突き出され、きらりはもうひとつ盾を造り出して防いだ。だが、強度が落ちていたのか完全に貫かれ、きらりは危うく串刺しになるところだった。
「ほらほら、休んでじゃないわよ!」
次々に放たれる毒死体や尾に棘やガラス片を加わり、きらりに襲い掛かる。食らってはまずい毒棘や尾だけを交わし、きらりはガラス片が突き刺さった腕で、スマホを棘女に向けてかざす。瞬間、蜘蛛の巣に似た黒い糸が射出されるが、尾の一振りで難なく振り払われてしまった。
(このままじゃジリ貧~?)
きらりの武器は悪魔のスマホ『パンドラ』。666もの形態に変化する武器だが、きらりが使える携帯のほとんどが直接的な攻撃ではなく、防御や罠の類だった。きらりが使える、能動的に攻撃を行える形態はせいぜい触手の先端に刃を生やす程度だった。
罠の中には殺傷能力が高い物もある。だが、棘女はこちらに距離を詰めずに戦う戦法をとっている上に、もうひとつ別の要因から恐らく罠は効果が薄いだろうときらりは感じ取っていた。
(だったら~☆)
尾が毒に侵された死体を持ち上げる一瞬の隙をつき、きらりは壁を蹴って一気に距離を詰めた。ハッと顔を上げた棘女の視界には、きらりの脚しか映らなかった。きらりは棘女の首から上を蹴り飛ばす勢いで脚を振りぬいた。
肉が潰れ、骨が砕ける音。
棘女の顔面は血に濡れていた。
だがそれは、彼女のものではなく――。
「――ッ!」
きらりは棘女の後方の薬品に塗れた地面に倒れ込んだ。棘女に向けて飛び込んだ勢いを殺せず、そのまま水音をたてて床を滑った。きらりはうまく着地にしっぱいしてしまった。片足を、棘女に噛み砕かれていたからだ。棘女は血に濡れた顔を得意げにゆがめ、勿体つけるように振り向いた。
「馬鹿ね、こうすればあんたは突っ込んでくるって――」
棘女は急に顔をしかめて咥えこんでいたきらりの脚を吐き出した。
「これ、毒……あんたも毒持ちなのね」
憎々しげに言う棘女の口内には、太く尖った歯がびっしりと三列も並んでいた。膨大な量の歯が擦れ合う、身の毛がよだつような音を聞きながら、きらりはへらりと笑った。
「あはは~☆ ばれた~☆」
「罠張ってたのはそっちも同じってわけね。ますますムカつくし、あんたイカレてるでしょ。自分の脚食わせるなんて」
「あなたにイカレてるなんていわれたくないな~☆」
「まあ、毒なんてくらっても大丈夫だろうけど……一応、ね」
棘女はきらりから距離を取り、尾のばして振り下ろした。きらりは触手で体を引いてかわしたので、潰されることは無かったが、片足のせいかバランスを崩してふらついた。きらりの脚は少しずつ再生しているが、再生をそのまま見過ごす棘女ではなく、尾の攻勢がさらに強まる。
今のきらりでは棘女へ有効打は与えられそうにない。
今の、きらりでは。
「仕方ないな~☆」
きらりは棘女の攻撃をかわしながら、どこからか飴玉を取り出すと、それを口の中に頬り込んだ。ころころと左右の頬へ動かしてから、奥歯で思い切り噛み締める。砕かれた飴玉の奥からどろりと聖女の血が溢れ、彼女の喉を通り抜けていく。
彼女の肌がぬるりとした粘液に覆われ始め、肌に太い入れ墨のような模様が浮かび上がり、ずるりと一気に脚は生えた。棘女はわずかに驚いたが、すぐにまたきらりに見下したような視線を向けた。
「まだ隠し玉があったのね、あんた」
「あはは~☆ お覚悟~☆」
今後は決まった日付ではなく書きあがり次第アップという形にしていきたいと思います




