鹿を逐う者、山を見ず
「が…はぁ……ッ」
「……まだ生きてる、頑丈」
大男は生きてはいたが、もう数分と生きられない状態であった。大男はあがくでもなく、命乞いするでもなく、ただ大きく口を開けて叫んだ。
「ふざ、けん…な! なん、なんで俺が!! これがら、だっだのに! 俺があいつらを…俺が……オレがぁあ……!」
「……鹿を逐う者、山を見ず」
「……あぁ!?」
紫陽は冷たい目を大男へ向けていた。だがその冷たさは大男に向けたものではないように見えた。むしろ自嘲するようなそんな色が見て取れた。だが、大男はそんな事に気づくはずもなかった。
「でめ、えになにがわがんだ! 俺はもっと、もっと……!」
「……俺が俺が俺が、そればっかり、周り見えてない……だから失敗する」
「うる、ぜぇ! オレは――ッ!」
紫陽は爪をひと振りして牙の牢獄ごと大男の首をはねた。醜い大男の首が宙を舞い、地面を二、三度跳ね、そして塵となって消えた。
紫陽は消えていく男を見送ると、数秒の間目を瞑った。弔いではなく、もっと個人的な回顧を――後悔を、化け物のまぶたの裏に描いていた。
やがて彼女は目を開いた。
そして踵を返し、彼女の元へ――自分の過去と戦っている少女の元へと向かった。




