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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
田中真理矢 という人間
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千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆ


「ガァルルァア!!」


 紫陽は地を蹴り道路を割り、大男へと襲い掛かった。数度体を旋回させて目にもとまらぬ速さで爪を振りぬいた。

 大男は再度彼女の攻撃を受けるつもりでいた。だが、紫陽の爪が腕に触れる寸前に感じた悪寒。その感覚に体が勝手に動いて地に伏せ、彼女の攻撃をかわしていた。大男の頭上を音立てて爪が薙ぎ、すこし間を開けて男の背後から何かが崩れる轟音が轟いた。

 大男が振り向くと奇妙な光景が広がっていた。先ほど大男が壁に穴を開けた建物がなくなっていた。紫陽によって切り崩され、瓦礫に変えられたのだと気が付いた。


「グルァウ!!」

「うぉ……ッ!!」


 紫陽は地面に倒れている大男に向けて爪を突き刺した。大男も図体に似合わない素早さで飛び上がって避けたが、紫陽は道路に突き立てた爪をそのまま振り上げ、コンクリートの道路をえぐり上げて追撃する。紫陽の爪を何とか腕で受けた大男だったが、その鋼鉄の腕に彼女の爪が食い込み、血が飛沫をあげた。


「こ、この野郎……!」

「グルルァア!!」


 紫陽は着地した大男に向けて、勢いに任せてやたらめったらに爪を振るった。大男は両腕でその連撃を受けた。防御に集中した為か、血は流れているものの、紫陽の攻撃は致命傷を与えるまでには至っていなかった。ダメージが少ない事に気が付いた大男は、声を挙げて笑った。


「やっぱり、俺は強い! 俺が一番なんだ!!」

「ガルルァ……ッ!!」

「ははは! こん、こんな化け物より俺は強い! 俺はあいつ等とは違う! あいつ等より強いんだあ!!」


 紫陽の攻撃の合間、僅かな隙をついて大男は紫陽の顔面に拳を叩き込んだ。骨が軋み、肉がよじれる音が聞こえ、紫陽の首がありえない方向へとひん曲がった。

紫陽の攻撃の手は止まり、ゆっくりと前のめりに倒れる――と思っていた大男は、紫陽の巨大な口が自分を捉えようとしている事に気が付き、咄嗟に飛び退いた。


 ガチンと音立てて歯が合わさると、紫陽は獣のような四つ足の形態へ移行した。それと同時にごきごきと音立てて首が元の位置に戻った。ファスナーの金具の部分が巨大な牙となり伸び、増殖し、紫陽の口の中にはまるで剣山のように牙だらけになっていた。


「お、おいい、おい…本物の化け物じゃんか……」

「グゥウ…ガァアウ!!」


 四つ足になった紫陽の咆哮と同時に、びっしりと生えた牙がミサイルのように射出され、一斉に大男に襲い掛かった。大男は全身が冷えるのを感じながらも叫び声を挙げ、鋼鉄の両腕で襲い掛かる牙のミサイルを弾き、叩き壊した。


 牙の攻勢は一向に衰えることなく、少しずつ大男の体に傷をつけ始めた。これではまずいと思ったのか、大男は防御を自分の急所を守る最小限の動きに変え、致命傷を避けることに専念し始めた。驟雨のように襲い掛かってくる牙が手や足や体をかすめ、時には刺さり、全身が血で染まった。


 血を流しすぎて意識が途切れる、その寸前に牙の雨は止んだ。紫陽の口の中には短く丸い牙がぐるりと一瞬残っているだけだった。凌ぎ切ったと、血だるまの醜い顔を上げて笑った大男に眼前に、突如として何かが飛び込んでくる。


「―――――ッ!!」


 咄嗟に頭を横にずらすと、顔の横を何かが猛スピードで通り過ぎ、大男の耳が切り飛ばされた。四つ足の紫陽の前足、その巨大な爪が伸びていたのだった。


 だが、かわした。


 牙だらけになった道路の真ん中で、大男は醜い顔を更に歪めて笑うと、残った力を振り絞り、大声を張り上げて紫陽に向けて突撃した。牙を失い、折れていない方の爪を伸ばしきった紫陽には反撃の術が残されていない、そう判断した。


 大男は紫陽に駆け寄りながら、その姿より更に醜い思考をめぐらせた。


 やってやったぞ、やってやった。あんな化け物の全力の攻撃をしのいだ。しのいでやった。やっぱり俺は強いんだ、あいつらにこき使われるような弱い男じゃないんだ。あいつらなんかより俺は強いんだ。


 殺してやる、殺してやるぞ牙女。さっきのパンチで死ななかったなら、今度はその首を捻じり切ってやる。それにしてもこんな化け物じゃなくて他の奴とやりたかった。そしたらボコボコにした後、色々……色々してやったのに。


 いやまて、これだけ強い奴の魔素を吸収したら俺はもっと強くなれる。みてろ、そしたらあいつら全員殺してやる。いちいちムカつく腰ぎんちゃく女、頭がおかしいくせに女を独占するアイツ、一人で好き勝手出来る癪に障る筋肉野郎、そしてあのクソ女王様。みんなみんな俺に跪かせてやる。それから男は殺して女は――。


 大男は下賤な妄想に歪んだ顔のまま、紫陽に向けて醜い腕を伸ばした。同時に、肉が裂かれる不快な音が暗闇にわずか聞こえた。伸ばした大男の腕は紫陽の頭部の手前で止まっていた。


 大男の顔面を、数本の爪が串刺しにしていた。


「全部、かわしたはずなのに……なん…で、え……?」


 大男に突き刺さっていたのは、戦いの初めに折られた爪だった。地面に刺さっていた爪が伸び、大男の頭部を後ろから貫いてた。ぴくぴくと痙攣する大男の目の前で、紫陽は四足獣ような形態から二足歩行の形態へと戻った。


「あ…が……!」

「……伸ばせる、爪だけじゃない」


 ハッと目を見開いた大男を無数の牙が貫いた。


 地面や建物の外壁に突き刺さした牙が、大男めがけて伸びてきたのだ。血まみれの巨大なサボテンのようになった大男は、倒れる事もできずに、紫陽の眼前に出来上がった牙の牢獄でだらりと力尽きた。


「……千丈の堤も螻蟻(ろうぎ)の穴を以て(つい)ゆ」

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