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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
田中真理矢 という人間
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私は『聖女』になる。

 なんて冷たい視線だろう。


 今まで何人もの悪魔憑きを見てきたけど、こんなに冷たい視線を向けてくる人はいなかった。それでも私は精一杯、ゴブリンの足に力を込めて、しっかりとその場に立つ。


「そっちも、相変わらずみたいだね……」


 彼女は冷たい視線を私に向けたまま鼻で笑うと、すっと背を向けた。


「待って! 貴女と話したいことがあるの!」

「私には無いわ。あんたもあんたのダサいお友達も、全部ここで死ぬんだから。ま、ここまで上がってこれたら……」


 聖歌隊の羽型の飛行装備が起動する音と共に、私はお姉ちゃんと一緒に二階に向けて飛び上がった。お姉ちゃんから体を離し、彼女の背中に向けて「上がってきたよ!」と叫んだ。


「相っ変わらずムカつくわね、あんた……!」


 私は息を吸い込み、震える声で「そっちこそ」と虚勢を張った。巨大な悪魔を前にした、御鬼上さんたちがそうするように。まあ、あの人たちの場合は虚勢じゃないんだろうけど。


「そこで見てるだけ? 牛窪!」


 彼女は私たちの後ろに向けて声を張り上げた。咄嗟に振り向くと、穴の反対側に牛の悪魔憑きが座っているのが見えた。殺気というのか、闘気というのか、抑えきれないエネルギーのような物が目に見えるようだった。これほどの存在が背後に居たのに、全く気が付かないなんて。


「いいや、そいつと楽しませてもらう」


 牛の悪魔憑きはソファから立ち上がると、階下を指さした。

その先には、御鬼上さんが立っていた。


「てめえら全員手ぇ出すな、こいつは俺の獲物だ」

「何言ってんのよ、さっさとこいつも殺しなさい!」


 私を指さし叫んだ彼女の声は、牛の悪魔憑きには届いていないようだ。彼の暗くぎらつく茶色の瞳には、御鬼上さんしか映っていないようだった。階下の御鬼上さんは嘲るような笑みを浮かべた。


「ずいぶん気合入ってんなバター犬野郎。いや、バター牛か? ミルクも出せねえ上にクソ女に尻尾振ってるなんざ情けねえ牛さんだな?」

「……やっぱりいいな、てめえ」


 御鬼上さんはゆったりとした足取りで歩き、上から見下ろす私たちの視界から消えた。奥の階段に向かったのだろう。牛の悪魔憑きは私たちに見向きもせずに横を通り過ぎ、階段の前に仁王立ちになった。

 険しい顔で牛の悪魔憑きに文句を言おうとした彼女の声は、下から聞こえた不気味なほどに高い笑い声でかき消された。笑い声の主は獣皮の悪魔憑きだ。


「じゃー俺は当然その短髪だぁ……」

「やれやれ、ずいぶん気に入られてしまったようだね」


 獣皮の男が四足獣のように構えると、王狼さんの銃は青白く光り、両手両足、そして口を覆う鎧に変化した。臨戦態勢に入る二人から少し離れたところで、棘女が退屈そうに伸びをした。


「それなら、私はそこの露出狂でいいわ」

「あはは~☆ 私はお断り~☆」

「はあ?」

「あなたって全然バエそうにないし~☆ 顔も見たくないカンジ~☆」

「だったら私の顔、二度と見れないようにぐちゃぐちゃにしてやるわよ」

「おい詩央里ぃ…オメェの棘よけんのめんどくせえからよそでやれぇ……」

「はぁ? ……まあ、あんたの残虐ファイトに巻き込まれたくないし、いいわよ」


 棘女は顎で隣の部屋を差し、蛙田さんは「あはは~☆」と感情の読めない声で笑うと、ぴょこぴょこと付いて行った。残された花牙爪さんは、長く鋭い爪で器用に頭をかくと、目の前の大男に向き直った。


「……余り物には福が――」


 花牙爪さんが言い終わる前に、大男は彼女に向けて突進した。巨体に似合わない速さで突撃し、壁を壊して外に転がり出て行った。大きな窓ガラスの向こう側で、難なく受け身を取り、体についた埃を払う花牙爪さんが見えた。


「……人の話、最後まで聞く」

「う、うるせえ。俺が一番で倒す」

「……得手勝手」


 彼らは今までの悪魔付きとは違う。私ですら彼らの強さを肌で感じられるほどだった。でも、皆なら大丈夫だ。それに、私は目の前の壁に立ち向かわなければならない。


「まあいいわ。あんたは私が殺してあげる。光栄に思いなさいよね」


 彼女が目を瞑ると、どこからか濃い紫の瘴気のようなものが噴き出た。その瘴気は彼女を包み込み、膨れ上がり、そして霧散した。後には悪魔へと変貌した彼女が立っていた。背中にはコウモリのよう翼が生え、彼女の両手の指先と片足には猛禽類のような鋭い爪が伸びている。残った片足は、銅のような金属のきらめきを放っていた。


「……お姉ちゃん、お願いがあるの」


 私は目の前に立ちふさがる、この『壁』を乗り越えなければいけない。ちっぽけな私ひとりじゃ絶対に無理だ。だから私は助けを乞う。臆面もなく、堂々と胸を張って助けを求める。誰かに背中を押してもらって、引き上げて貰って、この壁を越えてみせる。

 それが、駄目な私にできるただひとつの事。私を助けてくれる人が周りに居るからできる、恵まれた贅沢な事。だから私は誓う。この『壁』を乗り越えたら、今度は私が誰かを助けられる人間になる。


「私と、一緒に戦って!」

「……! ああ、もちろんだ!」


 そう、私は『聖女』になる。

 見た目がゴブリンでもね!


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