夕飯までには
「あの人と話したいんです。だから私も行かせてください」
まだ少しふらつく足に力を込めて、私はまっすぐに皆を見た。
「何を言っているんだ、もうお前は辛い思いをする必要はないんだよ」
「そうだ、あたしらに任せて休んでろ」
お姉ちゃんと御鬼上さんの言葉に他の皆も頷いてくれる。
ああ、皆なんて優しい人なんだろう。
「皆さんありがとうございます。でも、あの人とは話さなきゃダメな気がするんです」
「……復讐?」
「……違うと思います」
「辛いことから逃げる事は恥ずかしい事ではないよ。私だってそういう経験はあるさ。だから無理して向き合う事はないんだよ」
「はい……でも今こうしてあの人と再会したのは偶然じゃないような気がするんです。ここで私はあの人と話さなきゃいけない、そんな気がするんです」
時々息を詰まらせながらもそう言うと、皆は黙ってしまった。自分勝手な事を言っているのは分かってる。でも、どうしても引き下がれない。私は今、誰かに支えられてようやく立っている。そうやって周りに迷惑ばかりかける、私が嫌いな私にどいてもらうためには、あの人と話すしかない。そんな気がするんだ。
「お願いします皆さん。私を……彼女のところまで連れて行ってくれませんか」
はっきりとした口調でそう言うと、御鬼上さんは大きく長いため息を吐いて、私のつるつるの頭を乱暴に撫でた。
「色々考えんのはめんどくせえ、ゴブ子ちゃんがそうしたいならそうすりゃいい」
「そうだね、キミがしたようにすべきだ」
「あはは~☆ どっちみちあの人たちには痛い目にあってもらわないとね~☆」
「……一蓮托生」
御鬼上さんたちはいつもの調子に戻り、私のお願いを受け入れてくれた。
あとは――。
「お姉ちゃん、私のわがまま聞いてくれないかな」
「…………」
彩芽お姉ちゃんは、悲しそうな怒ったような顔をしていたけど、じっと私がみつめていると、肩を落として僅かに笑った。
「まずは謝らせてくれ。すまない真理矢。辛いことを勝手に話して……」
「いいの、どうせいつかは話してたよ」
「正直に言って、真理矢が言ってることは正しいとは思えない。復讐も対話も、あんなやつにする必要はない。どこでどうなろうとかまわないから、真理矢の人生に二度と交わらないでほしいというのが私の考えだよ」
「うん、ありがとう」
「でも、真理矢が話したいというなら私はその意思を尊重するよ。安心しなさい、私があの女のところまで連れていく」
私が「ありがとう」とお礼を言うと、お姉ちゃんは優しく微笑んでくれた。
「おいおいちょっと待て、あんたもついてくんのか」
「私の管轄内で発生した討伐指令だ。私が行ってなんの問題がある」
「仕事に私情を挟むのはいかがなものかと思いますが」
「今回の討伐指令は正式に聖歌隊に降ろされたものだ。だから私の援軍として一緒に行動したほうが色々と面倒がないだろう?」
お姉ちゃんが早口になった時は引き下がるつもりがない時だ。御鬼上さんたちはしばらく文句を言っていたが、結局は諦めてお姉ちゃんと一緒に行くことになった。
「さあて、聖女ゴブリン様が来てからこんだけ大所帯で出向くのは初だな?」
ハカセは首を鳴らして「なあお前さんたち」と笑い、白衣のポケットから何かを取り出した。ビー玉のような物が四つハカセの手のひらの上にあった。色は透明だったが、中心部分が赤く染まっていた。
「キレ~☆ それなに~?」
「聖女様の血を固めた飴玉だよ、名前はまだ決めてないがな。強い敵が多くなりゃ真理矢とはぐれる事もあるだろ? そんな時、血を直接舐めなくてもこれを噛み締めればお前さんたちは覚醒できるってわけだ。持続力は期待できないからここぞという時に使え」
御鬼上さんたちは飴玉を受け取ると、思い思いの場所にそれを仕舞った。そこを、お姉ちゃんが怪訝そうな顔で見ていた。
「聖女の血? まさか真理矢のものじゃないだろうな」
「お前さん、この流れでコイツ以外の血だと思うのか?」
お姉ちゃんは眉がつり上がらせて口を開きかけたが、唇を震わせながら閉じた。今そのことを追求するのは止めたみたいだ。お姉ちゃんはそのまま腕の端末をいじり、何かを打ち込み始めた。
「……よし、申請が許可された。これから討伐に向かうぞ」
「おっしゃ行くぞ。あたしをぶっ飛ばしたこと後悔させてやる」
「ところで義姉さん、奴らの居場所は?」
「君に義姉さんと言われる筋合いはない」
「まあまあ~☆ それより居場所は~?」
「……私の管轄内だ」
「つまり、詳しくは分からないってこと?」
「まあ、そういうことだな」
「……暗中模索」
「あんたそれでも聖歌隊かよ!」
「お前が聖歌隊の何を知っている!」
わあわあと騒ぎ始めてしまった五人を落ち着かせようと、間に入るともみくちゃにされた。やばい、ここで死ぬかも。なんてふざけたことを考えていると、ハカセがパンパンと手を打ち鳴らした。
「ほらほらお姫様方! 落ち着け私に任せろ」
「……なにか作戦?」
花牙爪さんの言葉に、ハカセは不敵な笑みを浮かべて、こちらに向かって何かを放り投げた。ちょうど私の目の前に来たので淡って受け取ると、それはどこか見覚えのある機械。確か悪魔レーダーだっけ?
「奴らが来た時、発信器をつけておいた。そこが奴らの根城だ」
「発信器っておいおい……漫画かよ」
「ベタすぎる……」
「あはは~☆ 逆に気付かれなかったカンジ~?」
「……ともかく、これで準備は整ったな。最後に確認させてくれ真理矢、本当にいいんだね?」
しっかりと頷くと、お姉ちゃんは「分かった、もう聞かない」と言って笑顔を見せてくれた。それからぴしりと背筋を伸ばして「行くぞ!」と凛とした声を張り上げ、大股で外へと出て行った。
「あの、お姉ちゃん。そっちじゃなくてこっち……」
「あ? ああすまない……」
こほんと咳払いして戻って来たお姉ちゃんに、皆がやれやれと肩をすくめた。顔を赤くして何かを言おうとしたお姉ちゃんの言葉を、「おいお前たち」とハカセが遮った。振り向いてハカセの方を見ると、
「夕飯までには帰れよ?」
ニヤリと歯を見せて笑った。
私たちも顔を見合わせた後、同じように笑みを返した。




