討伐指令
「なにがあった、真理矢はどこだ無事なのか」
到着した聖歌隊は――彩芽はわき目も振らずに白衣に詰め寄った。ハカセは手で彼女を制して、ちょいちょいと後ろで待機している他の聖歌隊を指さした。彩芽の後ろには男女の聖歌隊が様子を見守っていたが、彩芽の様子に動揺を隠せない様子だった。
「ああ、もう大丈夫だ。君たちは戻ってよろしい」
「は……はっ! 隊長はどうされるので」
「私はここで事情聴取してから帰還する」
「りょ、了解しました!」
一転して冷静な声色で指示を出した彩芽に、更に同様の色を強めた聖歌隊の二人だったが、大人しく指示に従い空へと飛び立ち帰って行った。
「……それで、真理矢はどこにいる」
「上で休ませてるよ。急にふらふらになっちまってな、何が何だか分からん。さっきまで居た悪魔憑きと顔見知りだったようだが」
「その悪魔憑き、名前は?」
「ああ、確かしゃ、しゅ……」
「シュナか」
「ああそれだ」
ハカセの言葉に、彩芽の顔色がさっと変わった。
「なにか知ってるのか」
「ああ……中に入っても?」
ハカセが大仰に片腕を広げてデビルバニーの中へと入るように促した。彩芽が瓦礫を跨いで中に入ると、千晴たちが部屋を片付けていた。その表情はどれも能面のようだったが、隠しきれない憤りがにじみ出ていた。
「彼女たちはどうしたんだ」
「久々にしてやられたんでね、まあ気にするな」
ハカセが壊れていないバーの椅子を引くと、彩芽はそこに腰掛けた。ハカセはカウンターの内側に入ってその対面に立って話すように促した。だが、彩芽は両手を組ませ握るばかりでなかなか話し出そうとしなかった。
「おいおい、なにを黙りこくってるんだ」
「……話しにくいことなんだ」
「話してもらわないとなんもできないぞ」
「ああ、分かっている」
彩芽は唇を何度か舐め、低く話し始めた。
「あの子は―中学の時にいじめを受けていた」
片づけをしていた四人が、一斉に彩芽に視線を向けた。それに気が付いた彩芽は、深く息を吐き出した。
「言っておきながらなんだが、実は私も詳しくは知らない。私の母……真理矢にとっては伯祖母に当たる人だが、彼女がそこに引き取られた時にはもう……ボロボロだったよ」
ハカセが表情を動かさずに「ボロボロ?」と聞くと、彩芽はまた深く呼吸をしてから続けた。
「今のあの子では考えられないような顔をしていたよ。暗く沈んだ……死んだような顔をして、ひどく怯えていて……あの子のあんな姿、思い出したくもない」
彩芽の声は強張り、わずかに震えていた。
「いじめがひどくなったころ、畳みかけるようにあの子の両親も亡くなって……それであんな……いじめなんて言葉は軽すぎる。当事者にはそんな軽い言葉で片付けられるものではない」
彩芽は拳を握りしめると、聖歌隊の装備がぎりぎりと音を立てた。
「あの子がどれだけ苦しんだか、あそこまで回復するのにどれだけかかったか……たった数か月の『いじめ』で彼女は本当に死にかけたんだ。それでもやっと克服できたんだ、私の母が死んでも、聖女になるという夢を持って前へと進めた。それなのにあんな姿に……それだけでなく、まさかいじめの主犯が現れるなんて……どうしてあの子ばかりこんなひどい目に……!!」
彩芽は一息にそう言うと、また深く息を吐き出した。その目の前に湯気の立つコーヒーカップが二つ置かれた。彩芽は「すまない」と言ってカップを置いたルディに礼を言ったが、彼女の顔にはいつものような笑みはなかった。
「一体どうしたら……」
「簡単だろ、あたしらがあいつらぶっ殺せばいいんだ」
千晴の言葉に、彩芽はさっと顔を向けた。
「そんな単純な話では……」
「単純だろ。そのクソ野郎どもから離れたから、あいつは立ち直れたんだろ? だったらもう二度と会わないようにすればいいだろ」
「だが……」
「……あいつら、たくさん人殺してる」
「あはは~☆ やっぱり~☆」
「なんだって?」
「まあ、そうでもなきゃ気がそらされたからたとはいえ、お前さんたちが後れを取るわけはないな」
「これ以上被害が広がる前に、奴らを狩るのは当然のことではありませんか?」
「そうだ、それで大義名分も立つだろうが。あたしたちもやられっぱなしじゃいられねえ。それになにより真理矢も救われんだろ」
「指令も出ていないのに私情で動くわけにはいかん。もちろん君たちもだ。被害の証拠も出ていないのに手を出すのは――」
不意に響いた機械音で、会話が中断された。彩芽は立ち上がり、少し離れた場所で何かを確認し始めた。そしてすぐ息をのんだ。その動揺は、後姿を見ていた千晴たちにも分かった。
「……たった今、討伐指令が入った」
「まさかとは思うが……」
「ああ、そのまさか。今回の討伐対象は『瀬川和珠奈』……あの子をあんな目に遭わせた張本人だ。これは一体、なんの偶然か……」
「なんでもかまわねえ、とっとと行くぞ」
千晴がそう言って崩れた壁から外に出て行こうとすると、残りの三人もすぐさま彼女の後に続いた。
「ま、待て! これは聖歌隊の仕事だ!」
「いつもみてえにあたしらに依頼してくれよ」
「それに貴女では私情を挟み過ぎるのでは?」
「それは君たちもだろう、もし行くのならば私も……」
「聖歌隊さんは真理矢ちゃんみてて~☆」
「……適材適所」
外へ出て行こうとする四人の前に、彩芽は回り込んだ。聖歌隊の翼を収納し、彼女たちの前に立ちふさがる。
「待たないか! 正式に部隊を編成して行わなければ! 怒りのままに排除してもあの子が救われない!」
「連れていかねえよ。あたしらだけでぶっ潰す」
「そういう問題ではない!」
「じゃあどうしろってんだ。どのみち悪魔憑きは殺すんだろうが。だったらとっとと殺した方が早くカタがつくだろうが!! あいつが余計な事心配しなくても済むだろうが!!」
「何も考えずに殺してしまった方が、あの子が苦しむと言っているんだ! あの子は優しい子だ! 自分のために君たちが手を汚したと知ったらどれだけ……」
彩芽の言葉に、ルディたちは一歩前に出た。
「我々の手は元々汚れ切っているんですよ。それは貴女も分かっておいででしょう?」
「そうそう~☆ だからワタシたちに散々悪魔憑きを殺させてきたんだよね~☆」
「……馬の耳に念仏」
彩芽は一瞬言葉に詰まったが、すぐに語気を強めて言い返した。
「私は君たちに敬意は払っているつもりだ。それに君たちはあの子にとって大事な友人だ。そんな人たちが自分のために人を殺したなんて知ったら必ず苦しむ」
「あたしたちが大事な友人だって? せいぜい同居人だ。そんなやつらがなにしたって関係ないだろ」
「……あの子は、毎日君たちの事を楽しそうに教えてくれるんだ。どこにいったか、何をしたのか。正直なところ、仕事で一緒に居てやれない私と居るよりも、あの子は楽しそうにしているんだ。君たちはあの子にとってはただの同居人以上なんだよ」
瞬時沈黙が訪れるが、またすぐに言葉が交わされる。
「だからこそ、真理矢を苦しめる奴らは許しておけないんだ」
「そうだね~☆ 許せない~☆」
「何度も言うが、だからこそ君たちが勢いのまま殺してしまったらあの子は……」
「まあまあお前さんたち。そいつの話も聞いてやれよ」
ハカセの言葉に、全員がバーの中に視線を移した。ハカセが気怠そうに指をさした先には、一人の悪魔憑きが立っていた。骨ばった緑色の体に禿げた頭。醜く伸びた耳と鼻、汚く尖った牙。そこに居たのはゴブリン――真理矢だった。
外に出ていた全員が、バーの中へと急ぎ足で戻ってきた。彼女を取り囲み、口々にその身を案ずる言葉をかけた。真理矢は自分を取り囲む彼女たちを落ち着かせてから、静かに口を開いた。
「私も、行きます……!」




