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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
悪魔たちの休息
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小さな鳥と大きな魔物

 道路に小鳥が落ちていた。


 ぐったりとして動かないそれを、そっとタオルにくるんで持ち上げると、柔らかい布越しに小さな生き物の温もりを感じる。隣で心配そうに見ている花牙爪さんに、「大丈夫ですよ」と言ってからバーのドアを開けた。頭上で悪魔兎のドアベルが、からんころんと鳴った。


 私が屋上で洗濯物を取り込んでいる時だった。下から声が聞こえて見下ろしてみると、ニヤリと歯を見せて笑う悪魔兎の看板の更に先、道路の真ん中に花牙爪さんが立っているのが見えた。爪で地面をちょいちょいと差しては手招きする。なにかあったのかと急いで降りると、事情を聞くより早く、道路に小鳥が落ちているのが目に入った。

 いつも無表情(戦ってるときは別だけど)な花牙爪さんが、あんなに焦っているのは初めて見た。彼女の鋭利な両手では持ち上げる事も難しく、どうにもできなかったからだろう。

タオルでくるんだ小鳥をテーブルに置くと、いつものようにコーヒーをすすりながらハカセが現れた。


「なんだそいつは。今日の晩飯か」

「そんなわけないでしょ。ハカセ、そこの空き箱とってください」


 ハカセは首をごきりと鳴らし、空き箱をこっちに放った。私が「ありがとうございます」とお礼を言うと手を振り去って行った。


「花牙爪さん、これに空気穴を開けてください。ちいさくて大丈夫です」

「……箱暗い、いいの?」

「暗い方が安静にしてくれるんですよ。籠とかだと外が見えると逃げようとして暴れちゃうんです。そうなるとかえってケガさせちゃうので、こういう空き箱がいいんです」

「……なるほど、確かに籠は駄目」


 花牙爪さんは納得したように頷き、爪の先端で小さな穴を開けた。その中にタオルで包んだ鳥を入れて、ふたを閉めた。


「……腹八分目に医者要らず」

「え? ああ、餌とか水はあげなくていいと思います」

「……どうして、お腹空く」

「いつもと違うものを無理にあげると、かえって体調を崩しちゃうかもしれないんですよ。飲みたくないものとか、食べたくないものを口に入れたら嫌ですもんね」

「……納得」


 目立った傷もなかったからすぐに元気になるだろう。その事を花牙爪さんに伝えると、彼女はにっこりと眼を細め、長い爪と爪を合わせて、そのまま前かがみに軽く頭を下げた。私はあわてて同じように頭を下げた。


「なに二人でカッコイイお辞儀してんだ?」

「いえ、別に……」

「お、なんだその箱。今日の晩飯?」


 ハンドグリップをぎちぎち言わせながら現れた御鬼上さんに、「違いますよ」と言って経緯を説明する。御鬼上さんは「ふーん」と生返事を返しながら右手から左手へとハンドグリップを持ち変えた。それと同時にドアベルが音を立て、蛙田さんの帰宅を知らせた。


「ただいま~☆ あれ~何その箱、夕ご飯?」


 皆お腹減ってるんだろうか。

 今日の夕飯まだ何にするか決めてないんだけどな。

 

 そんなことはどうでもいいと気持ちを切り替え、蛙田さんに事情を説明する。「そうなんだ~☆」と興味あるのか無いのか分からない声色で言うと、「お昼寝するね~」と言いながら二階へ上って行った。入れ替わるように王狼さんが降りてきて、箱を一瞥する。


「ん、なんだいこの箱」

「夕飯じゃないですからね」


 何か言われる前にくぎを刺すと、王狼さんは微笑みながら首を傾げた。


「これは怪我した鳥を……」

「わあ! なにそれおやつなの?」


 ルルちゃんが背伸びしてテーブルに顔を乗せる。

 こっちだったか。


「……食べるの駄目。怪我した鳥」

「鳥さんなの?」

「……そう、お休みしてる」

「だったら静かにしよ!」


 狼三姉妹が来て、なんだか賑やかになってしまったので、私はキッチンに引っ込んで飲み物を用意した。私が手渡した飲み物に皆口をつけると、少しの静寂が訪れた。


「すぐ元気になるの?」

「どうかな、そんなに時間はかからないと思うよ」


 早くも横になってしまったスゥちゃんを除いた二人と、花牙爪さんは静かにじっと箱を眺めている。時々ぼそぼそと何かを喋ってはまた黙って箱を見る。皆のお代わりを持ってこようと席を立つと、それに反応したかのように箱の中から音が聞こえた。


「あ、動いたの!」

「誰か、窓開けてください」


 箱をそっと持ち、御鬼上さんが開けてくれた窓の近くまでもっていく。持った箱から、鳥がぴょんと跳ねる振動が伝わってくる。ゆっくりと窓の近くに箱を置き、驚かせないように蓋を開ける。

 それだけ慎重にやった私をからかうように、小鳥はぴょんと箱のふちに飛び乗った。のん気小さく囀ると、私の腕へと飛び乗り、私の腕からテーブルへ、テーブルから花牙爪さんの頭へと、まるでとまり心地を確かめるかのようにゆったりと移動する。


「人に慣れているね」

「私の頭に乗せたいの!」

「……見るは法楽」


 眼を細めまっすぐ立った花牙爪さんの頭や肩を、小鳥が行ったり来たりする光景は、なんだか動物ふれあい番組を見ているような、なごみを感じた。私はスマホを取り出し、そのなごみ空間を写真に納める。後で蛙田さんにも見せてあげよう。


「すごい、花牙爪さんに懐いてるよ!」

「……むふふ」

「そんだけ懐いてるなら飼っちゃえよ、籠にでも入れて――」

「籠は駄目、逃がす」


 小鳥が花牙爪さんから離れ、私の肩にとまった。


 花牙爪さんの声色は今までにないほどきっぱりとしたもので、私は驚いた。御鬼上さんや王狼さんも軽く目を開き、お互いに顔を見合わせた。


「……籠は駄目、絶対」

「そ、そうですね。逃がしてあげましょう」


 わざわざ反論する意味もなく、肩に小鳥を乗せたまま窓の近くに行った。小鳥はなんどか私の肩の上ではねた後、花牙爪さんの方を向いて一声鳴くと、空へと飛んで行った。それを、皆で見えなくなるまで見続けた。


「悪いな、なんか嫌な気持ちにさせたか?」

「……別に、私こそごめん」

「花牙爪さん、なにかあったの?」

「……なんでもない、大丈夫」


 この人には謎が多い。御鬼上さんや王狼さん、蛙田さんは人間の姿のままなのに、なんでこの人は爪が伸びた姿のままなのだろう。それに、覚醒した姿も他の三人とは大きく異なる、正に悪魔の姿。

 でも、きっと優しい人なんだと思う。道路に小鳥が落ちていて、かわいそうと思う人は居ても、それを助けようと行動する人間がどれだけいるだろう。もっとたくさんお話して、花牙爪さんの事を知りたいと思う。でも、今はやめておこう。


「花牙爪さん、何か食べたいものはありますか?」

「……食べたいもの?」

「今日は花牙爪さんの好きなものを夕飯にしましょう!」


 笑顔で話しかけると、花牙爪さんは首を傾けて考え始めた。その後ろで、御鬼上さんと王狼さんが頷き、御鬼上さんはぐっと親指を立ててくれた。


「……あ、思いついた」

「なんですか?」

「……焼き鳥」

「はい?」


 私が引きつった顔でそう言うと、花牙爪さんの後ろで苦笑いしている二人が見えた。


「……焼き鳥食べたい」


 そう言ってじゅるりとよだれをすする花牙爪さん。

 さっき小鳥を助けたばかりなのに、焼き鳥。


 やっぱりこの人よく分かんない。


 私は額に指を押し当て、ふるふると首を振った。


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