クレーンゲームと蛙の子
「お、あれゲーセンじゃね?」
悪魔を退治したその帰り道、ふいに御鬼上さんが立ち止まった。彼女が指さす建物には、見覚えのある会社のロゴがでかでかと掲げられている。確かにゲームセンターのようだったけど、明りはついていない。もっとも、ここは危険区の中だから当然と言えば当然だ。
「ちょっと寄ってこうぜ」
「あはは~☆ いいかも~☆」
「寄り道しないで帰るぞ」
「固い事言うなって」
御鬼上さんと蛙田さんはゲームセンターへ入って行ってしまった。王狼さんに「悪魔の反応はあるかい?」と聞かれ、手に持ったスカートからレーダーを取り出す。ちなみに今私はゴブリンだ。今日狩った悪魔の体液を頭から浴びて、服もスカートもぐちゃぐちゃになってしまったからだ。この汚れ落ちるのかな……。
それはさておき、ハカセから預かったレーダーを確認してみると、私たち以外に反応はなかった。
「ならまあ、私たちは外で……」
『私たちもあそびたいの!』
王狼さんの背負った銃がかたかたと動き、少女の声が聞こえる。しょうがないなと言った様子で銃を降ろし、三人の女の子の姿に戻した。そしてその三人に手を引かれ、王狼さんもゲームセンターに入って行く。残された私と花牙爪さんは顔を合わせ、後に続いた。
入ってみると当然のことながら薄暗くて人気はなく、稼働していないゲームの機体が並んでいる光景は不気味だった。「暗いなあ」と私が呟くと、それに反応したかのように店内の明かりが点き、いくつかの機体も稼働を始め、にぎやかな音楽を出し始める。
「お、動いた動いた」
「あはは~☆ やった~☆」
どこからか御鬼上さんと蛙田さんが現れ、さっそく店内を物色し始めた。ぬいぐるみやお菓子のの入ったクレーンゲーム、対戦型の格闘ゲームにレーシングゲーム、シューティングゲーム、いろいろなメダルゲームが見える。いくつかの機体は動いていないのは仕方ないけど、十分に遊べそうだ。
「色々ありますね」
「……何れ菖蒲か杜若」
「あ! あれ欲しいの!」
「メダル!メダルちょうだいよ!!」
「……まぶしい」
「はいはい、待ってね」
王狼さんがまだ動いている両替機でメダルを出すと、ルルちゃんたちはそれを受け取って、メダルゲームに顔を押し付けて遊び始めた。お菓子を狙っているみたいだけど、賞味期限とか大丈夫なのかな。
などという事を考えながら、なんとはなしにゲーム機を覗き込んでいると、ズパンと何かが切り裂かれるような音がした。驚いて音のした方を見てみると、爪を伸ばした花牙爪さんと、真っ二つにされたゲーム機が見えた。タイミングよくボタンを押して目当ての景品を狙うタイプのゲーム機だ。
「花牙爪さん! 壊しちゃダメですよ!!」
「……兵は神速を尊ぶ」
「はい!?」
「……こっちのが早い」
「取るまでの手間を含めて楽しむんですよ!」
「……なるほど」
花牙爪さんは軽く頷いてから、別のゲームを探しに行った。
本当に分かったのかなあ。
「あー駄目だ死んだ」
「なにやってるんだ変われ」
御鬼上さんと王狼さんは一緒にシューティングに興じている。なんだかんだ仲いいんだよねこの二人。シューティングなら銃を使う二人なら得意だろうと思っていたが、現実とゲームでは勝手が違うらしく、二人ともすぐにゲームオーバーになってしまう。
「なんだこれ、なんであっちに隠れねえんだよ」
「そういうシステムなんだろう」
「もう一回だもう一回」
「いいぞ、そう……違う、なんですぐ顔を出すんだ」
「だあっ! もうめんどくせぇ!!」
銃声と同時に画面にひびが入り、御鬼上さんたちは同時に「ああっ」と声を挙げた。
「何撃ってるんだ壊れたぞ」
「すまん、つい」
「どうするんだこれ」
「別に他のゲームやりゃいいだろ」
もう突っ込むのもめんどくさいや。慌てふためいている二人から離れて、クレーンゲームコーナーに向かう。そこでまず目に飛び込んできたのは、ゲーム機の前に並べられたぬいぐるみたち。なにごとかと驚いていると、蛙田さんがその列にもうひとつぬいぐるみを追加した。
「あはは~☆ お友達追加~☆」
「え、これ全部取ったんですか?」
「昔から得意なんだ~☆ みんなにあげるね~☆」
さっきまでの短い間に、十数体ものぬいぐるみを取ったなんて。一瞬花牙爪さんのように壊してとったのかと思ったけど、クレーンゲームに異常はみられない。それほど大量にぬいぐるみが並べられていた。ちょっと怖い。
「なにか欲しいのある~?」
「え、ええと……じゃあこれで」
「ん~? これはちょっと難しいかもね~☆」
どうしてですかと尋ねると、蛙田さんはクレーンの部分をちょいちょいと指さした。
「アームの幅だよ~☆ これはちょっと開いてるでしょ~? こっちと比べてみると分かりやすいかも~☆」
「あ、ほんとだ全然違う」
「あとは色々テクニックもあって~☆ 一緒にやる~?」
特にやるものも決まっていなかったので、お願いして一緒にクレーンゲームコーナーを回った。ねらい目の台の見極め方や、取るためのやり方を教わりながら、目当てのぬいぐるみを狙う。途中、また銃声と聞き覚えのある言い争う声が聞こえたけど、気にしないことにした。
「これはね~掴むんじゃなくて押すカンジ~☆」
「は、はい……」
枕みたいな形をしたのカエルの人形に狙いを定めてやっているが、なかなかうまくいかない。「がんばれ~☆」と蛙田さんの応援を受け、用意した最後の100円玉で挑戦する。ぐに、とカエルが押し出されて落ちそうになるが、クレーンの動きと共に元の位置に戻ろうとする。もう駄目かと思ったその瞬間、クレーンから離れた勢いでカエルの枕は台から離れ、下の受け取り口にがこんと落ちた。
「わ~! やったぁ初めて取れました!!」
「あはは~☆ おめでと~☆」
ハイタッチしてから、カエルの枕を取り出す。「よかったね~☆」とつかみどころの無い笑みのまま言う蛙田さんに、そのカエルを差し出す。
「ん? どしたの~?」
「これ、お礼です。蛙田さんのお陰で取れたので!」
「え……でも~ワタシは別に~☆」
「あ、カエルは好きじゃなかったですか? カエルの小物沢山お持ちだったので、てっきり……」
「ううん、めっちゃ好きだよ~☆」
「よかった、じゃあどうぞ」
顔に笑顔は張り付いたままだけど、珍しくうろたえた様子をみせた蛙田さんだったけれど、私が差し出したカエルの枕を受け取ってくれた。
「あはは~☆ 誰かにとってもらったの初めて~☆」
「そうだったんですか」
「うん……ありがと」
一瞬、蛙田さんの顔に幼い笑みが浮かんだ。頬を染めてぎゅっとカエルの枕を抱きしめるその姿は、欲しがっていたものを貰った子供のようにも見えた。だけど、次の瞬間には、彼女はいつものつかみどころの無い笑顔に戻っていた。
「あ、プリクラあるよ~☆」
「動いてますか?」
「うん、皆で撮ろ~☆」
壊さないように慎重に爪でボタンを押そうとしていた花牙爪さん、壊したシューティングゲームの前で言い争っていた御鬼上さんと王狼さん、ひとつも取れずにしょげていたルルちゃんたちも呼んで、全員でプリクラの中に入った。
私は忘れていた。
自分の姿がゴブリンだという事を。
やっぱり出ますと暴れた私だったが、逃がしてもらえず無理やり撮られた。出てきたプリクラには妙に目が大きく盛られたゴブリンが。皆も変に色白で目が大きくなっていたが、それだって盛られたゴブリンより面白いなんてことは無い。
皆に指さし笑われながら、私は今日も嘆いた。




