これからの話
「そんじゃあこれからの話をしようか」
いつものようにハカセがごきごきと肩を慣らしながら現れた。ハカセに呼ばれ、バーカウンターには私を含め全員が集められていた。皆に飲み物を配ってからハカセにコーヒーを差し出すと「どうも」と軽く言って受け取った。
ちなみに今の姿はゴブリンだ。一日中お腹に力を入れているのは正直しんどいので、ここに居る時はもっぱらゴブリンだ。もっぱらゴブリンってどんな日本語だよ。なんだか人間として色々終わってしまっている気がする。
「ん、いい味だ」
「真理矢の腕は最高だね」
「あはは、どうも」
王狼さんのお世辞を流し、私も席に着いた。ハカセはコーヒー片手に手元の小さな機械をいじくり、バーカウンターに置いた。すると青い光が広がり、立体的な地図のようなものが表示された。
「まずはゴールから話そう。我々のゴールは悪魔の『門』、その大本を完全に閉じる事にある」
ハカセがカップに口をつけながらそう言うと、地図の一部が赤く表示された。記憶が正しければ、危険区のど真ん中だ。
「門、ですか?」
「まあ門て言っても便宜上そう呼んでるだけだ。ゴテゴテの悪魔的な装飾のある巨大な門ってわけじゃない。実際のところは地面の裂け目から、もやがでてるような感じだ」
「へぇ……」
「何で知ってるんだよハカセ」
「んん? ああ、昔見たことがあってな……まあ、それはいいとして、この『門』の周辺の魔素がここ最近急激に濃くなっている。恐らくそのせいで悪魔憑きが増えていると推測できる」
「あの~、すみません。今更なんですが、そもそも悪魔憑きってどういう人がなるんでしょうか?」
「お前さん、ほんとに何も知らないな」
「うっすらとは知ってるんですが、悪魔とかそういう話が全然ない田舎に住んでたもので」
ハカセはごきりと首を鳴らしてから、口を開いた。
「悪魔憑きってのは悪魔に魅入られた人間、前時代的な言い方をするとそんな感じだ。もっと詳しく言うなら、魔素が体内に蓄積しちまって、自分自身が『門』になっちまった奴が悪魔憑きだ」
「自分自身が?」
「悪魔にとっての魔素ってのは酸素……いや、活動するためのエネルギーってとこか。今の魔素濃度じゃ強い悪魔はこっちにきたとしても何もできない。無理に来たとしてもすぐガス欠になっちまう」
「あはは~☆ 面白~い☆」
「来れるのは畜生に毛が生えたような雑魚悪魔だけだ。ほれ、お前さんとあった時に轢き殺したやつらいたろ? あれは悪魔憑きじゃなくて純粋な悪魔だ。別の生き物だな」
思い出したくない記憶を思い出してしまった。
「そこで、悪魔は人間や動物を媒介してこちらに来ることを選んだ。こちらの世界に順応した生物に憑依すれば、自ら出向かなくてもこっちで暴れられるってわけだ。それが『悪魔憑き』だ。ま、お前さんたちを見て分かる通り、憑依しても自在に操れるわけじゃないみたいだがね。もちろん、この天才の研究成果あってのものでもあるが」
確かに、御鬼上さんたちは意味なく暴れまわるようなことはしていない。悪魔の力はあるけど、それ以外は普通の人だ。……ちょっと変わってはいると思うけど。
「話がそれたな。さっきも言った通り、ここの『門』を閉じる事がゴールなんだが、簡単にはいかない。その大本の門を閉じる前に、周りの『門』を閉じなきゃらん。しかもいくつかの場所じゃ強力な悪魔憑きに守らせているようでね。今のお前たちでも勝てるかどうか」
「……弱肉強食」
「さっきも言ったが、急激に魔素濃度が高まっている個所が四つある。聖歌隊のデータをハッキングしてみたから間違いない」
今さらっとすごいこと言わなかった?
「それが、『魔屍画』と呼ばれる区画だ」
「真四角?」
「多分漢字が違ってると思うが、とにかくそこを潰さなきゃならん」
立体の地図の赤い表示を囲むように、四つの点が浮き上がる。他の場所は建物なども表示されているのに、その四つの点に囲まれた場所は何も表示されていなかった。……見た限りだとやっぱり真四角に見える。
「この辺りは魔素が視認できるほど濃くて空からもここがどうなってるか分からん。その場所に四つの門があり、中心に……悪魔の門の大本があるってことだ。これを閉じるのがゴールだ、分かったかな?」
「目的、ゴールは分かりましたけど……これからどうするんですか? 話からするとさっと行って倒せるような感じじゃないっていうのは分かるんですが」
「そうだな、ゴールに向かうためにはまずスタートを切らなきゃならない。この一年、ずっとそのスタートを考え、探してきて、ようやく見つかったんだ……お前っていうスタートがな、ゴブリン聖女さん?」
皆の視線が私に集まる。
「お前さんは他の聖女よりも力があるって前にも話したな? 悪魔の力を覚醒させるとも……結果は上々、お前さんたちの力は以前とは比べ物にならないほどになった」
「ああ、確かにゴブ子ちゃんの血を貰ったら最高の気分になったな」
「ゴブ子ちゃんって言わないでください」
「もっと純度を高めて、もっと適合させればさらなる力を手に入れられる。そうすりゃあ『魔屍画』にも攻め込めるほどになる」
「なるほど、それで彼女と適合するにはどうすればいいのかな。こうやって、触れ合えばいいのかな?」
隣に座っていた王狼さんにすっとさりげなく腰を抱かれ、上ずった声を挙げてしまう。
「出たよスケベ狼が」
「あはは~☆ スケベは嫌だな~☆」
「ふむ、当たらずとも遠からずなんだがな……」
「え、そうなんですか?」
「色々調べさせてもらったが、どうも長時間接していた方が力の解放度合いが上がるようでね。それが直接的な物なのか、精神的な物なのかはまだ分からんが……さしあたって、お前さんたちにやってもらいたいことは、仲良くなってもらうことだな」
そんなことでいいのか。ハカセは軽く言っているけど、話の内容は世界を救おうとかそんな規模の話だったような。それでまずやるべきことが仲良くなることだなんて。
「そんなわけで、とりあえずしばらくは休暇だ。ここ最近のお前さんたちの頑張りで懐も温かいしな。せいぜい親交を深めてくれたまえ~」
また肩を鳴らしながら、ハカセは行ってしまう。ハカセの姿が見えなくなると同時に、私はぐっと抱き寄せられた。
「ひぇっ……!」
「それじゃあ、私とデートしようか?」
「で、デート?」
「そんな発情狼より、あたしと筋トレしようぜ」
「あはは~☆ いっしょにバエる写真撮ろ~☆」
「……管鮑の交わり」
「そんなに力が、力が欲しいのかあああ!!」
魔王的な台詞を吐きながら、ゴブリンは今日も嘆いた。




