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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
花牙爪紫陽 という悪魔
31/208

その⑤

「あ~あ~……」


 廊下はすっかり風通しがよくなってしまった。というか家ってごっそり切り落とされて建ってられるのかな。家をこんな芸術的にした花牙爪さんの爪は、するすると元の大きさに戻り、大きな口もジッパーが閉まるように元の形に戻る。

 花牙爪さんはそのまま何も言わず、みしみしと床を鳴らして歩き始めた。ただでさえ倒壊しそうな建物をボリューミーなこの人が歩くと、建物全体が揺れている。早くここから出ようと花牙爪さんを追いかけるが、彼女は急に立ち止まった。


「どうかしましたか?」

「……そこ」


 長い爪で指し示された場所は、階段のすぐわきの小部屋。扉と天井部分の一部がさっきの攻撃で切り取られていたけれど、部屋そのものは無事なようだ。花牙爪さんは遠慮なしに扉を引っぺがすと、部屋の中に入って行ってしまった。


「……っ!」


 小さなベッドに、学習机。散らばるオモチャや図鑑。そこがすぐに子供部屋だと分かった。その子供部屋の一角に、小さな白骨死体があった。光にあたったその色は白と言うよりクリーム色に近かった。


「この子が、動かしてたんでしょうか」

「……壊そう」


 ふと、背後から音が聞こえた。下の階から金属が引きずられるような音がしている。続けて段差に繰り返しぶつかるような音。甲冑の腕が視界に映ると同時に、階下から甲冑が這いあがってきた。その体は上半身だけになっていたが切り裂かれた部分は徐々に再生してきている。


「うわ、まだ……」


 花牙爪さんが黙って構えると、甲冑は完全に回復して立ち上がった。その手に青白い炎が灯り、瞬く間に剣が現れた。だが、その剣は握られることなく地面に落ちた。甲冑は突然その場に立ち尽くし、動かなくなった。

 私と花牙爪さんが顔を見合わせると、甲冑は一歩踏み出した。だが、その足取りに敵意は感じることはできなかった。甲冑はふらふらと私たちの間を通り過ぎると、白骨死体の前で膝を折った。甲冑は白骨死体の頭蓋の部分に、まるで犬が飼い主に甘えるように顔を近づけ、擦りつけた。

 骨と甲冑が擦り合う奇妙な音が二度、三度と鼓膜をゆらす。そして一瞬の静寂が挟まり、甲冑が崩れ落ちる金属音が鳴り響いた。バラバラになった甲冑は青白い炎と共に消え去り、その場にはなにも残らなかった。


「あ……」


 よく見ると、甲冑が倒れ込んだ場所、ちょうど白骨死体の膝の上あたりに何かがあるのが見えた。それは犬の首輪のように見えた。


「この子を守ってたんでしょうか」

「……知らぬが仏見ぬが秘事」

「それ、意味あってますか?」

「……守れてない」

「え?」

「……死んでる、守れてない。それって意味ない」


 言葉は厳しいものだったけれど、それを咎める気にはなれなかった。彼女の瞳は悲しそうで、どこか自分自身に向けて言っているような気がしたからだ。


「……行こう」


 花牙爪さんの言う通り、早めにここから立ち去った方がいいだろう。何せこんなに派手に家をぶった切ってしまったのだ、人が集まってきてもおかしくない。そこで私は自分の状況に気が付いた。今私ゴブリンじゃん。


「……どうした?」

「いえ、今私ゴブリンなんでこのまま出て行くのは」

「……背中乗る?」

「うーんそれもちょっと」


 巨大な中華少女の背に乗るゴブリンなんて目立つどころの話ではない。うーんと悩んでいると、花牙爪さんが服の襟を伸ばした。いやあそこは服じゃなくて口なのだろうか。


「……ここ、入る?」

「え、ええっと……」


 あの大きな口の中に入るのは気が引ける。というか食われそうで不安だ。でも四の五の言ってる場合ではない。現に外から何人かの騒ぐ声が聞こえる。


「じ、じゃあ失礼します」


 そう言うと花牙爪さんの服がびよんと伸びて私を包み込む。なんだか生暖かくてしっとり……というかぬるぬるしてる。まんま口の中。これ大丈夫かな溶かされないかな。


「……知らぬ顔の半兵衛」

「え、なんです?」

「……行く」


 花牙爪さんは答えることなく走り出した。彼女の体が揺れる度にしっとりぬるぬるの肉壁がゴブリンの体を撫でまわす。お肉でできた洗濯機に入れられたようだ。はっきり言って気持ちのいい物じゃないんですがこれ。


「……キッツ」


 体中を粘液だらけにしながら、今日もゴブリンは嘆いた。


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