その④
薄暗い部屋で火花が散る。
花牙爪さんが爪を振るえば剣がそれを受け、反対に剣が振るわれれば爪が受ける。絶え間なく繰り返される刃のぶつかり合いの激しさは、繰り返し散る火花で室内が照らされてしまうほどだ。
「……一進一退」
あ、その姿でもちゃんと喋れるんだ。
などと思ったのもつかの間、花牙爪さんが爪の伸びた腕を地面につけると、メキメキと音立てて体が四つ足の獣のように変異していく。大きな口は体の前面へと移動し、びっしりと牙で覆われる。その姿はまさに悪魔だ。ちょっと、いやかなり怖いんですが。
「グァアアアッ!!」
「……!」
花牙爪さんはそのまま突進し、無数の牙で甲冑の悪魔を串刺しにしようとする。甲冑の悪魔はそれを正面から受けるが、抑えきれずに壁まで一気に押し込まれる。ぎちぎち耳障りな金属が擦れ合う音が続く。
「グゥ…ガァアアアッ!!」
花牙爪さんは体を思い切り振り上げ、甲冑の悪魔を天井に投げ上げた。あまりの力に甲冑は天井を突き破り、二階まで行ってしまった。花牙爪さんは甲冑を追うように天井の穴に飛び込んでしまった。
「か、花牙爪さん!?」
天井の穴にむかって呼びかけるが、聞こえるのは彼女の咆哮と剣戟の音ばかり。上でも相当暴れているのか建物全体が軋んで揺れているようだ。
正直ここで終わるまで待っていたいけど、もし建物が崩れたら一階にいる私は生き埋めになる。ゴブリンは丈夫らしいけど「じゃあ埋められてもいいや」とは思えない。仕方ないので玄関まで戻り、恐る恐る階段を上っていく。
その途中で、突然音が鳴りやむ。
彼女の名前を呼ぶが反応がない。
何かあったのかと急いで階段を上る。
西洋甲冑が、私に向けて剣を振りかぶっていた。
「ひっ!!」
私はぎゅっと目をつぶってしまった。瞬間、鼓膜を揺らす金属音。甲冑の剣が振り下ろされたと思ったのに、私に当たるどころか風すら感じなかった。恐る恐る目を開けてみると、甲冑の体からいくつも太い棘のような物が生えている。あんな装飾はなかったはずだ。
「……人を呪わば穴二つ」
状況にそぐわない諺が聞こえたかと思ったら、甲冑からその棘が引き抜かれた。体中に穴を開けた甲冑はぐしゃりと崩れ落ち、その後方には四つ足形態の花牙爪さんがいた。正直甲冑より怖いんですが。
「え、今何を……」
「……寝る子は育つ」
「はい?」
「……私の牙、伸びる」
なるほど、伸ばした牙で甲冑の悪魔を串刺しにして倒してくれたのか。どうでもいいけど、寝る子は育つじゃだいぶ意味が違うんじゃ。
「とりあえず無事でよかったです」
甲冑を跨いで花牙爪さんの元に近づくと、彼女はむくりと体を起こして元の二足歩行に戻った。まだ大きな口が開いていて、見た目は悪魔悪魔しているけども。
「これで終わりましたね」
「……」
「どうかしたん――」
背後から聞こえたのは今日何度も聞いた金属音。悲鳴をあげて振り向くと、甲冑の剣を花牙爪さんが爪で受け止めていた。ぎりぎりと鍔迫り合い、押し飛ばす。着地し、剣を構える甲冑の体の穴は、少しずつふさがっているように見える。
「し、しつこいなあもお!!」
「……百川帰海」
「どうやって倒したら……」
「……伏せてて」
花牙爪さんはぼそりと呟くと、右腕をゆるりと持ち上げた。それと同時に牙や左手の爪が短くなり始め、反対に右腕の五本の爪がどんどん伸びていく。天井にまで爪が達すると同時に、甲冑の悪魔が踏み込んできた。
「あぶな――」
ズパンッと小気味のいい音と共に、視界が明るくなり、前方に住宅街が見えた。一瞬何が起きたか分からなかった。花牙爪さんが家ごと甲冑の悪魔を斬ったのだ。まるでケーキでも切るかのように簡単に、花牙爪さんの前方の壁が斜めに切れていた。
甲冑の悪魔は綺麗に五つに斬られ、瓦礫と共に階下へ落ちていった。




