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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
蛙田きらり という悪魔
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その⑤

 瓦礫の山に横たわる蛇に歩み寄る。


 蛇男はまだ死に切れていないようで、目を見開いたままなにかをうわ言のように呟いている。蛙田さんが男に歩み寄り、魔素を採取し始めると男の下半身は人間のものへと戻っていく。

 それだけでなく、上半身もまた変化があった。筋肉質だった肉体はしぼみ、そこに居たのはどこにでもいるような中年の男だった。まだ動く指先で、何度も何度も地面をひっかき続ける。


「俺はようやく力を…俺はこれからなんだ、生意気なガキも殺してやったん、俺はちか、らを……!」

「こういう人ムリ~☆ はやくえいってしちゃお~☆」


 私はスマホを構えた蛙田さんと男の間に割り込んだ。「どうかした~?」と首をかしげる蛙田さんに少し待ってもらうよう目で訴える。蛙田さんは眼玉をくるりと回すとスマホを降ろしてくれた。

 蛇男は毒で痙攣し、回らくなった呂律で恨み言を短く呟き続けていたが、ほとんど聞き取れなかった。彼の瞳は口の中が苦くなるような、嫌な光が宿っていた。この人に何をしてあげればいいか分からない。


 気が付けば私は、彼の口をそっと手で覆っていた。


「ぁ…ぐ……?」

「もう、楽になりましょう」


 ふるえる男の息が手のひらにあたり、喉が詰まりそうになる。それでも手をどけず男の顔を見つめると、徐々にその息が弱まってくる。手のひらに当たる息が止まると男は目を閉じ、そのまま塵になってしまった。


 後には、何も残らない。


「ちーちゃんとるーさんが言ってたけど、マリヤちゃん変わってるね~☆」

「ちー……御鬼上さんたちですか」

「そうそう~☆ どうしてそんなことするの~?」

「どうしてでしょう、なんだか可哀そうに思えて……」

「そいつ人殺しだよ~☆ 」

「そう、なんですけど……亡くなった人には敬意を払えって教えられて」

「そんな価値ない人も沢山いるよ?」


 蛙田さんの口調はいつもの様にふわふわとしていた。だけど、つかみどころの無い笑顔はいつも以上に感情が出ていないように見えた。でも、この顔は何度も見た。御鬼上さんも王狼さんもこんな顔をしていた。

 でも、彼女たちに踏み込む勇気は今の私にはなかった。黙って立ち上がり、意味もなく体をさすりながら「じゃあ、帰ろっか~☆」とぴょこぴょこと妙な足取りで歩いていく彼女を追いかける事しかできなかった。


「あ……」


 前方に赤い明かりが見えた。だいぶ暴れてしまったからパトカーが来たのかもしれない。その光で、ここが危険区ではないことを思いだした。ゴブリンのままでは騒ぎになる。私はお腹に力を込めて人間の姿にもどった。あれ待てよ、今の蛙田さん上半身裸――。


「ちょっと待ってください!!」


 私が叫んだ時にはもう遅かった。さっき崩れたビルの音を聞きつけて集まったやじ馬が、お巡りさんが、蛙田さんにくぎ付けに……正確には彼女の胸部にくぎ付けになっていた。


「蛙田さん!!」

「あはは~☆ うっかり~☆」

「は、早くいきましょう!」

「そうだね~☆」

 

 蛙田さんは私を抱えると、ひとつ跳ねてやじ馬を飛び越えパトカーの上に着地した。ばごん、と大きな音が足元で聞こえると、私は蛙田さんと共に空を飛んでいた。下からお巡りさんの怒鳴り声が聞こえる。天井がへこんでしまったパトカーから無線機を引っ張り出し、何かを叫んでいる。


「痴女だ!痴女が『二人』出たーっ!」


 二人?

 蛙田さん以外にもう一人?

 そう言えばなんか寒い――。


「だぁぁあああああああっ!!」

 

 そうだ、私もゴブリンになってから人間に戻ったから腰布しか巻いてないんだった。つまり私も胸を露出した変質者だったわけだ。火が出るほど熱い顔を手で覆い隠し、私は生き場のない羞恥で足をばたつかせた。


「あはは~☆ 恥ずかしいね~☆」 

「もういやぁぁああああっ!!」


 夜の街を跳びながら、聖女ゴブリンは今日も嘆いた。


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