その①
「ひいいいいい!!」
目の前で鉄骨が、まるで熱されたチョコレートみたいにドロドロと溶ける。紫色の液体で泡立ち溶けていく鉄骨から、嗅いだこと無い匂いがあたりに充満し、鼻がどうにかなってしまいそうだ。やばい吐きそう。
「おええっぷ……!」
「あはは~☆ だいじょぶ~?」
「だいじょうぶじゃないれすよ……!」
「ん~じゃあこれつけるといいよ~☆」
差し出されたものは口元を覆うガスマスクのようなもの。それ自体はいいのだが、ゴッテゴテにデコレーションされている。キラキラギラギラ極彩色。こんなに持ってしまって性能落ちたりしないのだろうか。
「あはは~☆ 似合う似合う~☆」
ゴテゴテデコレーションのガスマスクゴブリンを、「バエる~☆」なんて言いながらパシャパシャ写メを撮りまくる。全然映えないでしょこんなゴブリン。ていうかこの姿あんまり撮らないでほしいんですが。
「いいね~☆ アップしとくね~☆」
「や、やめてくださいよ!」
「え~なんでいいじゃ~ん☆」
得体の知れない笑みを浮かべる彼女からスマホを奪い取ろうとしてやめた。だってめちゃくちゃ怖いんだもの。初めはごつい悪魔のデザインが入ったケースかと思ったら、曲がった角も恐ろしい顔もスマホ本体から生えているのだ。触ったら絶対呪われる。
「もう『バエる!』100超えてるよ~☆」
「もうそんなにですか」
「うん、よかったね~☆」
びたん、と床を何かで打ち付けるような大きな音が鼓膜を揺らす。そう気づいた時には、私は宙に浮いていた。彼女のスマホから伸びた黒い触手なようなものが体にまとわりついていた。
「危なかったね~☆」
私が先ほどまで居た場所には、巨大な蛇のような尾が振り下ろされていた。もしこの触手で動かされていなかったら、そう思った途端全身が泡立った。蛇の尾がずるりと蠢きその主の元へと戻る。
「俺を差し置いていちゃいちゃしてんじゃねえよ」
ぼたぼたと口元から液体を垂らしながら、巨大な蛇型の悪魔憑きが笑った。毒々しい紫色の液体は床に落ちると、コンクリの床をいとも容易く溶かしてしまう。なんかの映画で見たなこんな光景。怖ッ。
「俺も混ぜろよな……?」
「ん~……アナタの笑顔バエないからムリ~☆」
そう言って彼女は――蛙田きらりはへらりと笑った。




