その⑤
私が王狼さんの元へと駆け寄ると、彼女の姿が青い狼から元に戻った。同時に、ルルちゃんたちもその周りに現れ、お互いに顔を見合わせハイタッチしている。
その足元で狼男がうめいた。まだ息があるようだった。
「おっと、今楽にしてあげるよ」
王狼さんが構えると、ルルちゃんたちはすぐに銃の姿に戻った。
「オ、レは……俺は、犬じゃない……おれ、は……」
「そうだね、悪魔は畜生以下だ」
王狼さんは引き金に指をかけ、躊躇なく引き金を引いた。
だが、銃弾は狼男から外れ、コンクリートの地面に穴を開けた。
「……危ないよ?」
銃身を握っている私に向けて、王狼さんは静かに言った。優しくだけど、非難する調子を孕んだ語気と鋭い眼光に少し緊張してしまった。なんで私はこんなことをしたんだろう。でも、狼男の言葉を聞いて、勝手気ならだが動いてしまった。
「あ、の……少しいいですか」
「なにがだい?」
「話をしたいんです」
「この悪魔と? どうしたの急に」
「お、お願いします」
頷くと、少し間を開けてから王狼さんは銃を降ろしてくれた。「キミがそう言うなら」と言った彼女の瞳からは鋭さは無くなっていた。銃が淡く光り、三人の幼女の姿になる。
「マリヤお姉ちゃん、大丈夫なの?」
「近づきすぎないようにしてよ」
「……気を付けて」
「うん、大丈夫」
私は狼男の傍にしゃがみこんだ。潰れた顔でなにかをうわ言のように呟いている。先ほど戦っていた時の狂気が嘘のように、哀れに映った。
「貴方はどうしてこんなことを」
「俺は、犬じゃないんだ……俺は……」
血みどろの顔から覗く目は、どこか悲し気に見えた。
「なにがあったか、話してくれませんか」
「俺は、あいつらに…俺は、犬なんかじゃない……!」
「あいつら?」
「俺は…お、れ……ぁ……」
狼男はそれ以上の言葉を紡ぐことは無かった。だらりと全身から抜けたと思ったその瞬間、彼の体は石像のように白く変色し、やがて塵になってしまった。
「魔素がほとんど取れなかった。あの悪魔憑き、誰も殺してなかったかな」
「そう、ですか」
「どうかした?」
「いえ、なんで誰も殺してない人が、こんな目に……」
「……あの男を殺すように依頼してきたのはね、あの男の家族だったんだ。自分の一族の中から悪魔憑きが出たから捕えていたけど、逃げられたから殺してほしいって」
「そんな……」
「当然の判断だよ。悪魔憑きは殺すしかないんだ、誰かを殺す前にね」
王狼さんの目には、明らかな敵意の色があった。私に向けられたものではないと分かっていても、背筋に悪寒が走るような冷たい気配を、王狼さんは纏っていた。ルルちゃんたちは不穏な気配を察してか、私たちから離れていった。
「でも、もしかしたら王狼さんたちみたいに……」
「私たちもこの男も同じだよ。同じ薄汚い悪魔だ」
「薄汚いなんて……」
「……ごめんね、キミの優しさを無下にするようなことを言ってしまって」
王狼さんは優しく微笑み、私の頭を撫でた。すぐに「行こうか」と背を見せてしまった。これ以上話すつもりはないという意思表示だろう。私もそれ以上食い下がることはせず、王狼さんについていく。
「私たちは薄汚い、だからキミに惹かれるんだ」
私を見ずに、王狼さんは口を開く。
「聖女の力って事じゃない。汚いものを知らず、さっきみたいに悪魔憑きにも憐憫を垂れてくれる……そんなキミにはそのままでいてほしいんだ」
振り向いた王狼さんは優しく微笑んだ。
どう返していいか分からず、私はあいまいに頷いた。
「さあ、帰ろうか。お楽しみの時間だよ」
「お楽しみ?」
「ドーナツ、忘れたの?」
「あ、そうでした……そうでしたね!」
「やっぱりキミには笑顔が似合うね」
悪魔憑きについてはまだ心に引っかかっていたけど、うじうじ考えていても仕方がない。取り合えずドーナツでも食べて、気持ちを落ち着かせよう。私は少し気を取り直して、王狼さんを追い抜いて買い物袋を置いた場所に向かった。
「あれ、あの子たち……」
買い物袋の周りに、ルルちゃんたちが座っているのが見えた。近づいていくと、ハッとした顔をして振り向く三人。その口の周りは汚れていて、甘い香りが……。
「あああああ!! 私のドーナツ!!!」
「むぐ……! わ、私はやめようって言ったの!」
「ず、ずるいわよ! 最初に食べ始めたのはルルじゃ……スゥ! 食べるのやめなさいよ!」
「……あまうま」
彼女たちの足元には、ドーナツの包みが。
「ルルちゃん……」
「わ、わたしだけじゃないの!」
「ロロちゃん、スゥちゃん……」
「お、美味しそうで我慢できなかったのよ……」
「……おわった」
「全員! お尻ぺんぺんの刑だああああ!!」
一斉に「ごめんなさーい!!」と叫んで逃げ出した三人の後を追いかける。
「楽しみにしてたのにいいいいい!!」
ゴブリンはふわふわの美少女たちを追い回しながら、今日も嘆いた。




