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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
聖なる歌声響く街
205/208

対面、四聖天女

 二度ほど深く深呼吸をしてから、彩芽は扉の前に立った。


 聖堂の門扉を思わせるそれは、見上げるほどの高さの頂点に備え付けられたカメラのようなものから青白い光の線を伸ばした。その光の線で彩芽の体を頭からつま先まで読み取り、巨大な門扉を静かに開いた。


 内部は、教会の礼拝堂を近未来的に改造したような内装であった。信者席がある筈の場所には静かに駆動音を立てるコンピューターずらりと鎮座しており、本来の礼拝堂ならば講壇などが置かれるような一段上がった部分にも、十字架ひとつなく、その壁は一面ガラス張りになっていた。


 そのガラス窓の手前に設置された純白のソファやテーブルに、三つの人影が見えた。彩芽はコンピューターが並ぶ真ん中の道を進み、姿勢を正して敬礼する。


「清澄彩芽、招集令に従い──」

「──遅い」


 不意に背後から声が聞こえ、彩芽は反射的に前方へ飛んだ。振り返りざまに声がしたであろう位置に視線を向け武器を構えるが、静かに機械音を鳴らすコンピューターと、今しがた自分がくぐった荘厳な門扉しか見えない。


「なるほど、反射神経は良いようだ」


 警戒する彩芽の視界の端に映った人影は、ブーツの音を響かせながら背後へと通り過ぎて行った。


「あ、天鐘様……!」


 臨戦態勢を緩め振り返る彩芽の視線の先にいるのは、四聖天女のひとり──天鐘刻羽(あまがねときは)だ。彩芽のように天使を模した近未来的な鎧に身をまとっているが、その細やかな装飾の荘厳さが聖歌隊の頂点であると一目で納得できた。


「聖歌隊本部でも気を緩めず即座に臨戦態勢に入る。それなりに優秀なようだが、時間を無駄にする者を私は嫌悪する」


 天鐘は、聞く者が思わず姿勢を正してしまいそうなほど冷徹な声で早口に言いながら、手にした懐中時計に視線を落とす。その時間へのこだわりを表すように、彼女の鎧のあちこちには時計を模した装飾が施されていた。


 天鐘刻羽は任務の際も予定時間を超過したことは一度もない。迅速に現場に向かい、傷一つ追わずに悪魔たちを、僅かな武具でせん滅してみせる。1秒遅れれば1人死ぬ、をモットーに数々の修羅場を潜り抜けてきた、彩芽にとって尊敬すべき人物であった。


「申し訳ありません。時間通りに来たと思っていましたが……」


 足早に数段の階段を上る天鐘の背に向けてそういうと、溜息が返ってくる。


「いや遅刻だ。貴様が遅れたせいで12秒も無駄にした。それだけあれば悪魔憑きの4、5体は殺せた。延いてはそれらに襲われるかもしれなった民草の命も……」

「その問答自体が時間の無駄だろ」


 小柄な女が、四人はかけられそうな大きなソファに一人で腰かけながら吐き捨てるように言った。ガラステーブルに無遠慮に足を投げ出している彼女は見ようによっては小学生にも見える。だが、彼女もまた四聖天女の一人──護天(ごてん)那久里(なぐり)であった。


「お前は短絡的だ那久里。下々に教えを説けば全体としての効率はあがる」

「へいへい、そーですねー」


 粗暴な態度や乱雑な物言いをそのまま形にしたように、彼女の身に着けた聖歌隊の鎧はどこか荒々しさを感じるものだった。どこかの部族か、拳闘士か。しかし、荒々しくもありながら聖歌隊らしい純白の鎧は静謐さも兼ね備えていた。


 対して、彼女の武器はとても聖なる職に就く者とは思えぬ異形の武器だ。大きなソファに一人で陣取っているのは粗雑な性格が理由ではない。彼女の両脇にある巨大な腕のようなデバイスが場所をとるからだ。


 彼女の全身よりもふた回りも大きな疑似腕は、小柄な彼女の腕力を補って余りある。護天那久里は他の聖歌隊ち違ってほぼ100パーセント、ラグなくこの腕を使いこなす。巨大な悪魔にも正面から殴りかかり、撲殺してしまう実力の持ち主でもあった。


 護天は機械仕掛けの腕を面倒くさそうに振りながら口を開く。


「めんどいからさっさと本題に入るぞ」

「ああ、そのことについて異論はない」

「さて、お前名前なんだっけ? まあいいや……クソ悪魔を殺すのにクソ忙しいアタシら四聖天女様が、なんでお前ひとりを呼びつけたと思う?」


 四人の天女を見上げるようにしながら、彩芽は一呼吸おいてから答えた。


「は、はい。私の独断で『聖魔隊』の連中を動かしてしまったことが――」

「違う。那久里よ、本題に入ると言っておきながらなぜ質問した? 不要な問答は時間の……」

「まあまあ、そう喧嘩しないの~」


 ガラス張りとなった壁から下界を見下ろしていた四聖天女──聖護院雷霞(しょうごいんらいか)が口を開いた。


「確かに貴女の言うとおり聖魔隊は大問題ね~」


 彩芽やほかの四聖天女に比べてゆったりとした羽衣のような衣服が、彼女の言動や豊満な体つきと相まって慈愛にあふれた母のような印象を見る者に与えた。その言葉使いも天鐘と対極にあるかのようなあたたかでゆっくりとした口調だったが、彩芽の緊張はほぐれなかった。


「は、はい……」

「悪魔を身に宿した人たちは……『救済』してあげないとね~」


 細められた瞳の奥に見える光から、彼女の言う『救済』が言葉どおりの意味ではないということが伝わり、彩芽は静かに身を震わせた。聖歌隊なら誰しも知っていることだが彼女は──拷問担当の最高官である


 羽衣のような衣服の先端に施された装飾は飾りではなく、彼女の攻撃……雷撃を行うためのデバイスだ。他の二人と一緒でそれを悪魔退治に使用する。広範囲、あるいは遠距離に向けて回避不能の攻撃を行う彼女は、四聖天女を名乗るにふさわしい実力だった。


 聖護院雷霞はその雷撃を拷問に転用した。もともと家族を悪魔憑きに殺された身の上で、悪魔や悪魔憑きに対する情は欠片も残っていなかった。徹底的かつ執拗な拷問を行い、いくつもの根城の情報を引き出してきた拷問のエキスパートだ。


 それを知っているがゆえに、彩芽は彼女の柔らかな言動に安心するどころか、むしろ緊張の糸がピンと張るのを感じていた。


「まあ、聖魔隊は今すぐにでも解散させてほしいけれどね~」

「アタシら天女様の負担が少しでも減るならいーだろ」

「効率化に重点を置くなら悪魔憑き同士で……」

「ま、また話がずれてる、よ……」


 議論がヒートアップするのを止めるように、四聖天女最後の一人がおぼつかない言葉で会話に割り込んだ。純白の布地に電子的な刺繍の入ったフードを目深にかぶる彼女は──穏凪(おんなぎ)ルミナという名だった。


 小柄な護天より頭ひとつ分ほど大きいが、一人がけソファに膝を立てて座っているせいで同じくらい小柄に見える。彩芽が視線を向けると、さっと顔を背けてしまうほどに人見知りであった。


 四聖天女の中で、彼女は唯一実践部隊に所属していない。彼女そのものの戦闘能力は簡単な武装をした一般人にも劣る。そんな彼女がなぜ四聖天女に名を連ねているのかというと、聖歌隊の装備のほとんどを彼女が設計したからだ。


 他の三人と違い武装の代わりにいくつもの計算・設計デバイスを体につなぎ、悪魔を倒すための兵器を開発している。天鐘刻羽、護天那久里、聖護院雷霞。その三名の武器もまた、穏凪ルミナが開発したものだ。


「は、はやく用事をすませようよ……それで部屋に戻りたい、開発だけしてたい……」


 宙に浮くキーボード型のデバイスをせわしなくいじる穏凪の言葉に、四聖天女の意見はそろった。段下で直立姿勢を崩さない彩芽に向けて、天鐘刻羽が口を開く。


「今日問いただしたかったことは……貴様の妹についてだ──」


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