天に召されたよう
聖歌隊の本拠、その白亜の廊下を彩芽は足早に進む。一般人は立ち入りできない聖歌隊の隊員のみが立ち入りを許される区域だ。表に比べて装飾は少なく実務重視の建築だが、そこもまた荘厳な教会を思わせる内装だった。
「ただいま当着いたしました」
「ああ、休暇中にすまないね……」
長い廊下を曲がると、彼女を呼び出した内勤の上司が不安げな視線を泳がせる。この上司は普段から温厚で落ち着きのある人物であったが、今日は焦りや緊張が表情やしぐさから漏れでている。彩芽はわずかに胸のざわめきを覚えながら要件を尋ねる。
「それがねえ、君に特別にお呼び出しがかかっていてね」
「は、どういった……?」
「そ、それが……四聖天女様、その全員からのお呼び出して……」
彩芽はぞわ、と全身が総毛立つのを感じた。四聖天女、それは聖歌隊の頂点に君臨する四人。悪魔が蔓延る現代において絶大な支持を集め、その支持に応えるだけの力を持った四人。全国を飛び回り強大な悪魔を幾度も討ち果たしてきた。
それ故に常に多忙であり、彩芽のような小隊長程度では影も踏めない相手。その彼女たちがそろって自分を呼び出すなどありえないことだ。よほどのことがあったに違いないが、身に覚えはなかった。
「い、いったい何の……」
彩芽の言葉は震え、最後まで紡ぐことすらままならない。彼女の様子を見た上司はいくらか平静を取り戻し、部下である彼女を落ち着かせるよう努めて声色を優しくした。
「私にもわからない。キミは優秀な聖歌隊員だから目立ったミスもないしね……思い当たることといえば、先日編成したばかりのほら、『聖魔隊』。あれを正式な許可が出る前に使用したことくらいか」
「そのようなことで四聖天女様が?」
「デリケートな部隊だから、四聖天女様がキミに何か聞きたいことがあるのではないかな。幸いなことに今は悪魔の活動も少ない。その機会に実際に運用したキミに話を聞きたい……ということではないかな」
その考えは無理がある。ということは二人ともわかっていた。確かに今は魔死画を閉じた影響が大規模な悪魔の襲撃は起こっていない。だからといって強大な戦力である四聖天女が一堂に会し、元悪魔憑きとはいえ、ただのいち部隊の戦果報告を直々に聞きたがるとは到底思えない。
「……とにかく、お会いしてきます」
「そうだね、待たせるのもまずい。特に天鐘様は時間に厳しいお方だ」
ここで考えていても仕方がない。そう結論付けて彩芽は上司に一礼してから四聖天女が待つ部屋へと向かった。神聖な教会と機械的な機構を合わせたような昇降機に乗り込み、中央の円柱状のデバイスに触れる。
浮き上がってきた電子表示の、普段触れることの許されない四聖天女専用の階層表示に触れる。わずかな振動と共に静かに昇降機が動きはじめ、彼女たちが待つ最上階へと昇っていく。
まるで本当に天に召されたようだ。彩芽はそんなことを考えながら、上界で待ち受ける何かへの不安を和らげようと努力した。
創作リハビリしつつのゆっくりとした更新になると思いますが、どうぞお付き合いください。




