日常、その終わり
「それじゃあ行ってきますね」
私はそう言って、悪魔憑きのみんなに適当に見送られながら『デビルバニー』を後にした。グッとお腹に力を込めて、人間の姿のまま歩き出す。
じめっとした暑さの中、汗をふきふき歩いていくと、駅が見えてきた。ついこの間まで電車なんて乗れなかった。治安の理由もあったけれど、たぶん急ブレーキに驚いただけでゴブリンに戻っていただろうから……でも、今なら乗っても大丈夫。
「あ、お姉ちゃん!」
木陰で背筋を伸ばして立っていたお姉ちゃんへ足早に近づく。今日はお姉ちゃんとお買い物だ。
「ごめん遅くなっちゃって」
「いや、今来たばかりだ」
お姉ちゃんと改札をくぐり、一緒に電車を待つ。
「お姉ちゃん、ここはいろ」
「ああ、そうしよう」
クーラーの聞いた待合室には、私のほかにも数人乗客が暇をつぶしていた。スーツ姿で目を閉じている人、仲良さそうに話す親子、スマホゲームに興じる制服を着た二人……ここからほんの少し離れた場所で、悪魔憑きの人たち悪魔を狩っているなんてことが、嘘みたいな日常の時間が流れていた。やっときた電車に乗っても、その日常の風景は続く。
車内の中吊り広告に、聖歌隊の隊員募集の広告があるのを見つけた。白いアーマーを装着した男女が凛々しい顔で前を向き、その横に薄青に縁どられた白い大きな文字で『君の手で守りたいものを守ろう』と宣伝文句が印刷されている。
こうした日常が送れているのも、お姉ちゃんたち聖歌隊のおかげなんだろう。
もちろん、御鬼上さんたちみたいな人たちも悪魔を減らしてはいる。でも、都市全体を守る事なんて無理だ。悪魔が現れた当初は自衛隊の人たちが対応したそうだけど、あまりに縛りが大きかった。
だから民間の警備組織である『聖歌隊』が組織され、悪魔との戦いを請け負ったらしい。政府より迅速に、確実に悪魔に対処する彼らの求心力はすさまじいものだったようで、聖歌隊の本拠地の周り、今私が居るこの街が日本の中心地の様になっている。
どこから悪魔が、悪魔憑きが襲い掛かってくるか分からないこの世界で、聖歌隊の護衛は必須となっている。だから、物流も聖歌隊の護衛ありきで動いている。治安も経済も聖歌隊が主として動かし、成果を上げている。今や国よりも聖歌隊の経営者の発言の方が力を持っているような状況だ。
「お姉ちゃんたちのお陰で街は平和なんだよね」
「ああ、私は自分の仕事に誇りを持っているよ」
「私も、お姉ちゃんのこと尊敬してる」
私が言うと、お姉ちゃんは照れたように笑った。ふとお姉ちゃんの懐から振動音が聞こえた。お姉ちゃんは白い機械を取り出し画面を確認し、表情をこわばらせた。
「なに、どうかしたの?」
「聖歌隊の本部から呼び出しだ」
「なにかあったの?」
「わからん、ただ支給本部に来るようにと……こんなことは初めてだ」
お姉ちゃんは珍しく戸惑っているようで、機械を懐にしまうと申し訳なさそうに私を見た。
「すまない、買い物はまた今度でいいかい?」
「もちろん、お仕事頑張ってね」
お姉ちゃんは「ありがとう」と小さく答えた。次の駅で反対方向の電車に乗り直し、解散となった。いいって言ってるのに改札の所まで来て、お姉ちゃんは私を見送ってくれた。「必ず埋め合わせはするから」と改札越しに言うお姉ちゃんに、手を振って答えた。
この時の私は、『姉妹』として何も考えずに話せる、最後の時が終わったなんて思ってもみなかった。
お久しぶりです。
少しずつ投稿を再開したいと思いますので、皆様よろしくお願いいたします。




