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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
幕間~穏やかな日常~
202/208

日常:散歩とカクテル、そしてロボ

「いいですね!」


 紫陽さんの誘いに私はすぐに賛成した。この家の周辺にはあまり人が住んでいない。悪魔憑きが出る危険区の近くに住みたいと思う人は少ないだろう。私も正直周囲に何があるかよく知らない。他の三人も同意してくれて外に出ることにした。一応皆武器を持って外に出ていくと、紫陽さんが何かを口に含んだ。あれは確か、私の血肉で作ったもののうちのひとつだ。紫陽さんの体がゴキゴキと嫌な音を発しながら変形していく。その姿は巨大な四足獣へと変貌した。


「……皆、乗って」


 私たちは一回顔を見合わせてから、彼女の背に乗った。私たち全員が背中に乗ってもまだ余裕がありそうなくらい大きかった。紫陽さんが「行くよ」と小さく呟くと、地面を蹴って空に飛びあがった。巨体に似合わない身軽さで近くのビルの屋上に着地すると、そのまま街の上を駆け抜けていった。空は雲一つない青空で、太陽は眩しく照っている。太陽の光が気持ちいい。


 ふと下に目線を落としてみると、街はいつも通り不気味なほどに静かだった。荒れ果てて苔やツタに覆われた建物たちの中に、小型の悪魔が逃げ込むのが見えた。魔死画の穴が塞がれたとしても、完全に脅威がなくなったわけではない。人々が戻ってくるほど安全が確保されるにはまだまだかかるだろう。それでも、人々は生きている。自分たちの力で生きようと頑張っている。だから私も頑張らなくては。人として、生きられる限り。


「たまにはこんな散歩もいいもんだな」

「そうだね~☆」

「紫陽が居たから楽しめる事だね」 


 ルディさんの言葉に、私は頷いた。紫陽さんは私たちの中で一番人間から離れた存在だ。でも、陽花さんは優しい。お花や蝶々が大好きで、いつも穏やかに暮らしている。悪魔が居なくなった後も、彼女の優しさに救われる人はきっと多いはずだ。私も今こうして、自分一人では決して味わえなかった清々しい風を感じている。こんな風に背中に乗せてもらって、お散歩するなんて陽花さんが居なければできなかった。


 私たちはしばらく散歩を楽しみ、デビルバニーに帰ってきたのは夕方だった。ちょうど夕飯時だったので、私は急いでキッチンに向かった。夕飯の準備を始めようとエプロンを着ようとしたときに、いつの間にかキッチンに入ってきていたルディさんがそっと私の手を掴んで止めた。


「今日は私につくらせてもらえないかな?」

「えっ?」


 ルディさんの提案に驚いて彼女の姿を見ると、既にエプロンを着て料理に取り掛かる気まんまんといった感じだった。背中には、銃の姿に戻った三人娘がしっかりと背負われていた。


「たまには、ね?」

「……じゃあ、お願いします」


 そう言うと、彼は嬉しそうに笑って、腕まくりをして、食材の下ごしらえを始めた。ルディさんの手つきは慣れていて、鮮やかだった。まるで魔法のように野菜がどんどんと切られていく。あっという間にサラダとスープが出来上がり、フライパンの上でお肉が食欲をそそる音をあげている。最後にご飯を炊いて、食卓に並んだ料理を見て私は思わず感嘆の声をあげた。


「わあ、すごいです!」

「愛する家族、真理矢のためならこのくらい」


 ルディさんはキザな台詞を言ってから。テーブルの上に美味しそうな食事を並べ始めた。ルディさんがつくってくれた、温かい手料理たち。私が席に着くと、皆も次々と座った。いただきます、と声を合わせて言ってから、私はまずスープを一口飲んだ。


 ……おいしい。心まで温まるような気がする。次にサラダを食べてみる。ドレッシングが絶妙な加減でかかっており、野菜のみずみずしさが引き立てられていた。メインディッシュのお肉は豚肉で塩と胡椒だけのシンプルな味付けだったけど、一切れ食べてみて、驚いた。柔らかくてとてもジューシーで、噛むたびに旨みが溢れてくる。


 私は夢中で食事を楽しんだ。皆もおしゃべりもそこそこに、ルディさんの料理に舌鼓をうっていた。ルディさんは私たちの様子をじっと見つめ、満足そうな笑みを浮かべている。食事を終えた後、私たちは片付けのために立ち上がろうとしたけど、ルディさんは手で制した。


「お楽しみはこれからだよ♪」


 そういってルディさんはテーブルのお皿を重ねて持ち、キッチンに引っ込んだ。何が始まるのだろうと待っていると、ルディさんはお盆におしゃれなグラスといくつかの瓶、フルーツ、そしてシェイカーを乗せて戻ってきた。


「さあ、オリジナルカクテルを作るから楽しんでくれ」


 ルディさんはそういって、テキパキと準備を始める。材料をシェークして、グラスに注ぐ。見た目は普通のジュースみたいだけど、何が入っているのだろうか。完成したドリンクをルディさんは全員に配ると、自分の分を持って、椅子に腰かけた。ルディさんの合図で、乾杯をする。私はドキドキしながら、その飲み物を口に運んだ。


「……おいしい!」


 私は目を丸くした。今まで飲んだことがないくらい甘くておいしかったのだ。ただ甘いだけじゃない。程よい酸味もあっていくらでも飲んでしまいそうになる。ルディさんを見ると得意げな表情をしていた。どうやら私の反応を見たかったらしい。他の皆もそれぞれ違った味わい方をしているようだ。紫陽さんは黙々と飲み続け、気に入ったのか、おかわりしていた。きらりさんはニコニコと笑いながら、少しずつ口に含んでいる。千晴さんは甘すぎると文句を言いながらも、グラスから手は離さなかった。


「これ、どうやってつくったんですか?」

「それは企業秘密かな」


 ウィンクしてみせたルディさんも、暗い過去を持っている。でも、そんな過去を感じさせないほど明るくて、気遣いができて、素敵な大人だと思う。暗い過去を持つ悪魔憑きでも、こんなにも素敵な人間になれるのだと、ルディさんと話していると実感できる。


「ケチだな教えろよ」

「千晴、文句ばかりのお前には教えない」

「ああ!?」

「あはは~☆ 美味しいねえ~☆」

「……うん」


 そんな他愛のない会話をしながら、夜は更けていった。いつの間にか日は沈み、空には星が瞬いていた。今日一日、とても楽しかった。


 ただ、気がかりなのはハカセだ。私はルディさんの料理とカクテルを持って、ハカセの研究所につながるエレベーターのボタンを押した。エレベーターが到着すると、中は薄暗くて、ひんやりとしていた。壁一面にびっしりと本棚があり、たくさんの本がぎっしりと詰め込まれている。奥の部屋に行くと、机に突っ伏しているハカセの姿があった。近づいてみると寝息を立てているようだった。私は持ってきた料理をテーブルに置いてから、ハカセの顔を覗き込んだ。


「お疲れなんですね……」


 ハカセの目には濃いクマができていた。いつもクマはつくっていたけど、今日は特にひどい気がする。きっと私たちのために頑張ってくれてるんだろう。何もできない自分がもどかしくて、でもなぜかハカセの寝姿が幼く見えて、私はそっと、起こさないように頭を撫でた。いつもなら絶対にできないだろうけど、今はなぜか自然と手が伸びた。こんなにも近くで彼女を感じたのは初めてかもしれない。


 思えば、私はハカセの事を何も知らない。本当の名前もしっかりした年齢もわからない。いつも何かの研究に没頭していて、一緒に過ごしていてもどこか一定の距離を感じている。たまに見せる笑顔も心の底からの笑みじゃない様に思える。それでも、私は彼女を信じる。形はどうあれ私を助けてくれた人だから。私にとってハカセも皆と同じくらいかけがえのない存在なんだ。


「ん……?」


 ハカセは目を覚まして、ぼんやりとした目つきで私を見上げた。まだ眠気が残っているようで、少し舌足らずに私の名前を呼んだ。「お疲れ様です」そう短く伝えると、ハカセは微笑んで、ありがとうと言った。私は料理を勧めたけど、ハカセはいらないと言って、大きく伸びをした。それから黒い義眼でぎょろりとこちらを見て、にやりと笑った。


「ちょうど新作が仕上がったんだ、見せてやろう」


 ハカセは机の下に手を突っ込み、なにやらボタンを押したようだった。がくんと床が揺れ動き、部屋ごと下へと降りていく。デビルバニーに更に下の階層があるなんて知らなかった。一体どこにつながっているんだろうと疑問に思っていると、眼前に広い空間が見えた。機械製の大きなドームのような場所で、真ん中に巨大な足場が組まれている。その中心には巨大な何かが布をかけられた状態で置いてあった。


「な、なんですかあれ。ていうかなんですかここ」

「極秘裏につくった建造施設だ。お前と出会った時からアレをつくってきたんだ。千晴たちの魔素とお前の聖素を多量に使用した傑作だ」


 ハカセはエレベーターからひょいと降りると、手招きしながらその巨大な何かに近づいていく。私は恐る恐る後を追った。そこにあったものは本当に巨大だった。高さは……十メートルはあるだろうか、ちょっとした建物なんかよりずっと大きい。ハカセは得意げな顔で手にした端末をいじくると、近くの壁からアームが伸びてきて布を掴んだ。


「さあ!お披露目だ!!」


 布が取り払われたそこにあったのは――禍々しい装甲のロボットだった。まるで特撮ヒーロー番組に出てくる悪の組織の基地にあるようなゴテゴテの重装備の機体だ。パッと見で所謂『悪魔』がモチーフになっていると分かる。私が呆気に取られていると、ハカセは自慢するように胸を張った。


「名付けて、聖魔合体『デウスエクス・マキナ』!!全長十メートルの超絶かっこいいロボットだ!!」

「いやいやいやいや、何作ってるんですかホントに」

「何を言っているんだ。これがあればどんな敵だって倒せるぞ」

「……まあ、確かに強そうですがちゃんと動くんですか」

「馬鹿にするなよ、今見せてやる」


 ハカセはそういうと手にした端末を操作すると、その機体の目が赤く光った。そしてゆっくりと動き出すと、腕を振り上げ――その腕がもげた。ドスンッという地響きとともに腕が落ち、地面が大きく揺れ動いた。あまりの衝撃に私は思わず尻餅をついてしまう。


「ああああ! 壊れたああああ!!」

「……私、先に戻ってますね」


 私はこれ以上ここにいたくなくて、そそくさとエレベーターに乗って上に戻った。足元からハカセが涙声で叫ぶ声が聞こえてきた。そうだ、あの人はあんな感じだった。心配して損した。私はせりあがっていくエレベーターの真ん中で、自分の認識の甘さを嘆いた。


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