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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
幕間~穏やかな日常~
201/208

日常:ハンバーガーと人形劇

「そんじゃあいくぜ!」


 デビルバニーのカウンターで私は、千晴さんがキッチンから現れるのをわくわくしながら待っていた。さっきからおいしそうな匂いがカウンターのところまで匂ってきているのだ。実はデビルバニーで千晴さんは何度か食事担当になったこともあるくらいの料理上手だ。だからおいしいものを作ってくれるに違いない。そんなことを考えているうちに千晴さんが現れた。両手には皿を持っている。そしてその上に載っているのは――ハンバーガーだ。


 バンズからはみ出すほど肉厚のハンバーグ。その上にかけられているのはチーズとトマトソースだろうか? さらにそこにレタスとタマネギ、ピクルスなどが盛り付けられている。千晴さんの得意料理の一つであるビッグバーガーだ。……得意というか、これしか作ってるとこ見たことないけど。とにかく、これはもう見るだけでおいしさが伝わってくるハンバーガーだ。


「うわあ! すごくおいしそうです!!」

「千晴の数少ない取り柄のひとつだね」

「あ? なんか言ったかルディ?」

「美味しそうって言ったの!」


 ルルちゃんのとりなしで喧嘩には発展しなかった。千晴さんはふんと鼻を鳴らしてから私たちの前に大きめのコップに入った水を置いてくれた。中の氷がカランといい音を出した。その音に耳を傾けながら、私たちは目の前に置かれたハンバーガーに視線を落とす。千晴さんも自分の分を持ってきて、みんなでいただきますをして食べ始めた。まず最初に一口食べたのはきらりさんだった。


「あはは~☆ ほんとにおいし~☆」

「うへへ、当然だろ」

「……相変わらずいい腕」


 続いて口にした紫陽さんも褒める。私もさっそく口に運んだ。パクリとかぶりつくと、ジュワッと広がる熱々の肉汁。それを包み込むようにして広がる甘酸っぱいトマトの味。そして最後にそれらをすべてまとめて飲み下す、まろやかなチーズの風味。やっぱり千晴さんのハンバーガーはすごい。お店を開いたらきっと繁盛するだろうなあ、なんて思う。

 

 あの日から、私たちはこうやって一緒に過ごすことが多くなった。いつ正気を失ってしまうかわからない分、少しでも長くこの時間を楽しみたい。そう思ってのことだった。ハカセも誘ったけど、いろいろ研究が立て込んでいるとかで断られてしまった。禹夏がもっていたデータはかなり良いものだったらしく、ハカセはここのところずっと研究に没頭し居て、まともに姿をみていない。


「……」

「どうしたの~☆」

「え!? い、いえ、なんでもありませんよ!」

「何か気になることでも……まあ、あるだろうね」

「あんまり考えすぎんなよ。そういう時は、とりあえず食えばいいんだよ」


 千晴さんはそう言って笑い、また豪快にハンバーガーにかじりついた。それを見て、私も笑顔になって再びハンバーガーを口に運ぶ。うん、本当においしい。こんな幸せな時間がいつまでも続けばいいのに。そう思いながらも、どこか胸の奥底でざわめくものがあった。


 でも、そんなの皆だって同じだ。私だけが不安がっていてはいけないんだと思いなおして、私はハンバーガーを食べ続けた。千晴さんも悪魔憑きだ、簡単に人だって殺せてしまう力を持っている。その力がいつか暴走するかもしれない。でも、今は彼女はその力をパン生地や肉だねをこねることに使って、こうして美味しいハンバーガーだって作れる。今はそれでいいじゃないか。


 美味しい食事は気分を良くしてくれる。食べ終わるころには、心の中の不安はどうにかごまかせるくらいにはなっていた。


「よーし☆ 次は私ね~☆」


 お皿の片付けが終わると、きらりさんがリビングで何かを準備し始めた。ソファに座って待っていると、テーブルに大きな箱のようなものが置かれた。


「何が始まるんだ?」

「これから人形劇の始まりです~☆」

「わ~! お人形さんなの!?」


 きらりさんの言葉に、狼っ子たちがぽぽぽんと音立てて銃の姿から子供の姿に戻った。私たちはソファにぎゅうぎゅうに座り、きらりさんの人形劇の開始を待った。きらりさんは悪魔のスマホを大きな箱にのせて、にっこりと笑った。


「はじまりはじまり~☆」


 きらりさんはスマホの力で、箱の中に背景や登場人物を作り出した。それは黒一色ではなかった。空は澄んだ青色、木々は鮮やかな緑色、暖かな日の光さえもきらりさんは再現していた。お話はかわいい動物たちの物語だった。犬や猫、カエルや鳥、小鬼まで次々と出てきて、とても楽しかった。途中、皆が喧嘩してしまうシーンがあったけど、一番醜くて弱かった小鬼が皆のために色々と手をつくして、最後は皆仲直り。歌を歌いながら、楽しく踊りましたとさ。といった内容だった。


 隣ではルルちゃんたちが目を輝かせて見ている。その可愛らしい横顔を見ながらルディさんも人形劇を楽しんでいるようだった。紫陽さんは優しげな眼差しで見つめていた。千晴さんは初めは興味なさげだったけど、後半は一番真剣に見ていた気がする。私も最後まで夢中になっていた。そして最後の一匹である小鬼が歌い終えて、幕が下りた。私たちは自然と拍手を送っていた。


「めでたしめでたし~☆」

「面白かったの! もっと見たいの!!」

「ありがと~☆ 次回をお楽しみに~☆」


 ルルちゃんたちは大満足のようだ。三人でぴょんぴょんと跳ねながら感想を言い合っている。


「あの色はどうやって出してたんだい?」

「私の体の毒を上手いことやると色んな色が出せるって最近気が付いたんだ~☆」

「上手いことってなんだ」

「それは企業秘密です~☆」


 きらりさんの能力はとても恐ろしいものだ。スマホから飛び出る触手は色々なものに変化する、便利な道具だけでなく、相手を殺すための武器にだってできる。彼女の体も毒で満たされている。触手も毒も、誰かの命を簡単に奪えるほど危険なものだ。でも、今きらりさんがしたように、美しい人形劇として使うこともできる。私は、そんなきらりさんのことを尊敬している。


 人形劇が終わったあとも私たちはしばらくおしゃべりをしていた。今日は何をしたのか、明日は何をしようかなど他愛もない話ばかりだけど、それが楽しい。千晴さんとルディさんがまた言い合いを始めそうになったところで、今度は紫陽さんが立ち上がって、玄関の扉を開けた。冷たい風が中に入ってきたけど、外は晴れだった。


「……皆、よかったら散歩、行かない?」

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