その④
銃声が轟く。
王狼さんの放った弾丸はまたもかわされ、悪魔憑きの爪が王狼さんに襲いかかる。攻撃を銃身で受けるが、向こうの力の方が上のようで、王狼さんは爪を受け止めたままじりじりと押されていく。
「お、王狼さん!」
「がんばれって応援してくれたら勝てそう、かな?」
「フザ、けるな……!」
狼男のような悪魔付きは体重をかけ、ぎりぎりとその爪を王狼さんへと迫らせる。体格は明らかにあちらの方が上だ。
「ふざけていないさ、愛しい人の応援以上のものはないだろう?」
「黙レ……!」
「黙るのはお前の方だよ」
王狼さんが言うと同時に狼男は飛び退いた。いきなりどうして、と思う間もなく狼男が立っていた場所に銃弾が撃ち込まれる。王狼さんは引き金を引いていない筈だ。
「でぇっ! なに!?」
「ほう、これもかわすとはね」
飛び退いた狼男は威嚇するように歯を見せ唸り声をあげる。王狼さんはその悪魔憑きを狙わず、あらぬ方向に何度も銃弾を飛ばす。よく見るとその銃弾はどこへ着弾することもなく空中に固定されていた。
固定されていた銃弾は時間を置いて、狼男に襲い掛かった。男は爪を振るい足を動かし応戦するが、数発の弾丸を体に受けて血を流した。
「グゥ…! ガァアアっ!!」
狼男は地を蹴り王狼さんに襲い掛かった。王狼さんが引き金を引くと、先ほどまでとは違った何度も弾けるような銃声と共に、狼男は吹き飛んだ。その全身からは血が噴き出している。
「さ、散弾……?」
「お次は何が飛び出すかな?」
王狼さんが構えると、狼男は背を見せ薄暗い建物の中に逃げ込んでしまった。
「やれやれ、ゲリラ戦法でなんとかしようっていうのかな?」
「ど、どうします?」
「そんなことより、さっきはごめんね。キミに怖い思いをさせてしまって」
「え? いや別に、助けていただいたので」
「全く自分が許せないよ、もうキミをあんな目に遭わせるわけにはいかないから……ルル、内部に人はいなかったよね?」
王狼さんが銃に向かって話しかけると、銃から女の子の声が聞こえた。
「え? えっとぉ……」
「大丈夫よ! 誰も居なかったよ!」
「そ、そうなの! 大丈夫なの!」
「それならよかった」
そう言うと王狼さんは私に向き直り、膝をついた。
「少しだけ血をくれるかな。ハカセに覚醒後の具合を説明しなきゃいけないんだ」
「あ、はい……!」
「ごめんね、ちょっと痛くするよ」
王狼さんはポケットから小さなナイフを取り出し、私の指先をちくりと刺した。僅かな痛みの熱にぴくりと体が反応してしまうと「ごめんね」と謝りながら王狼さんは、私の指を口元に近づけそれを口に入れた。
指の根元まで、温かくしめった口の中に入ってしまった。私の指をくわえたまま、じっとこちらを見てくる王狼さんから目が離せない。そのままゆっくりと、指の形に合わせるように唇がぴっとりとはりつく。
「ぁっ……!」
ぬ、ぬ。と唇が指を這う感触に体が震える。痛みで熱くなっていた指先が、別の熱を持ってくるような気がする。私の反応を楽しむように細められた王狼さんの目は、あくまで優しい色で、こんなに反応してしまっている自分が恥ずかしくなってくる。
「ん……っ」
ちゅぷ、と音を立てて彼女の唇が離れると、私はまた声をあげてしまった。王狼さんの熱くぬるついた口内から解放された指は、もう血は止まっているのにじんじんと熱を持ち、その熱が伝わったかのように顔が熱かった。
まあ、じんじんしてるのはゴブリンの指で、顔熱くしてるのもゴブリンなんですけどね。
「さあて、手加減しないよ」
先ほどまで優しい色をしていた王狼さんの瞳は獣のそれに変わっていた。変わったのは瞳の色だけではない。髪は腰の辺りまで伸びて青く染まり、まるで尾のように見えた。頭の天辺からは獣の耳が生え、青い狼のようだった。
「みんな、準備はいい?」
構えた銃が答えると、王狼さんは引き金を引いた。先ほどまでの銃声とは比べ物にならない、大砲のような轟音が何度も轟いた。前方の建物の外壁が、まるで発泡スチロールみたいに簡単に崩れていく。
廃屋になっているとはいえ、大きな建造物が目の前でいとも簡単に崩れていくと「あ~あ」以外の言葉が出なくなる。
「あ~……あッ!」
異常事態に気が付いた狼男が、建物の中から飛び出してきた。王狼さんの異常な力に危機感を覚えたのか、今までで一番の速さだった。王狼さんの懐まで一気に飛び込み、体を引き裂く、つもりだったのだろう。
「……ひっ」
突然轟音と共に地面が揺れ、私は小さく悲鳴をあげてしまった。私の目の前で砕かれたコンクリートが一瞬宙に浮き、ガラガラと音立てて地面へと落ちる。
砕かれたコンクリートの中心には、横たわる狼男と、その顔面に拳を振り下ろした王狼さんが見えた。ぐぽ、と嫌な水音と共に狼男の顔から王狼さんの拳を引き抜かれる。その拳には、いつのまにかガントレットのような物が装備されていた。
「銃だけが私の装備だと思っていたかい?」
王狼さんの手には銃はなかったが、その代わりに両手両足に西洋の防具のようなものが装備され、口元には金属製のマスクのようなものがついていた。どれも狼のような装飾が施されている。
「魔銃ケロベロス、魔甲サーベラス。一度に味わえたことを幸せに思うといいよ……」
手に着いた血を振るい落とすと、王狼さんは狼男を見下ろし口を開いた。
「In boccaal lupo……」




