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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~四凶と八仙花~ 編
197/208

一緒に地獄に行きましょう

「な、ぁ……!?」


 蝶華は……いや、蝶華さんの中の禹夏が、驚くように呻いた。私たちもまた、驚きで動けずにいた。

 今声をあげたのは蝶華さんなのか? でも彼女は死んだはずだ。じゃあ、いま喋っているのは誰なんだ。


「蝶華、どうして邪魔をする!? もう少しで私たちの目的が達せられるのに!!」


 禹夏の叫び声は、やはりあの優しい声色と同じものだった。だけど、そこに込められた感情は全く違っていた。それは怒りや憎しみといった、負の感情ばかりだった。そして、背に生えた黒い悪魔の翼と、白い天使の翼が崩れ落ちていく。まるで枯れ木の葉が舞い落ちていくように白と黒の羽が散っていく。その光景は、命が終わりに向かっていく様子そのものだった。


『もういい、もういいの禹夏……!』


 また、優しい声色で蝶華さんが声を上げた。私は、隣で立ち尽くす紫陽さんのほうを見た。彼女も驚いているようだったが、私の視線に気が付くとこちらを向いて、首を横に振って答えてくれた。じゃあ、あれは蝶華さんだ。彼女はまだ生きているんだ。


「なんで!? ここまで成れたなに、あと少しなのに、どうして、こんな……!!」

『もうやめよう、禹夏』

「なんで!! 私は、私は……!!」

『こんなことをしても仕方がない。こんな方法じゃなにも解決しない』

「うるさい!! そんな言葉聞きたくない!!」


 二人の会話を聞きながら、私は混乱する頭を整理しようとしていた。さっきまで戦っていた相手であるはずの彼女が、今は涙を流していた。今泣いているのは、蝶華さんなのか、禹夏なのか――どちらにしても、それが私にはとても美しいものに見えていた。それが信じられなかった。つい先ほどまでは殺し合いをしていたはずなのに、彼女の頬を伝う涙は本物に見えた。そして、彼女の体からはさっきまでの禍々しい気配は――悪魔の気配は感じられなかった。


「ああ!消える!力がなくなる!!」


 禹夏の背中にあった悪魔の翼も天使の翼も、その羽を失って枯れ枝のように成り下がっていた。同時に、さっきまであった槍や龍も姿を消していた。その姿は先ほどまでの荘厳で強大な異形の姿ではなく、どこにでもいるような少女のように見えた。彼女は泣き崩れ、ただひたすらにやめてと繰り返しているだけだった。


「やめて蝶華……どうして……っ」

『大丈夫だよ、禹夏……』

「なにが、なにがだよ蝶華!!」

『……八仙』


 禹夏の問いには答えず、蝶華さんは紫陽さんの方を向いた。


『……私を殺して。禹夏を解放してあげて』


  紫陽さんはハッと顔を上げた。その顔は青ざめて、唇は震え、目は大きく見開かれている。彼女は、自分の右手を握り締めた。巨大な爪の生えた悪魔の手を。そして、ゆっくりと手を胸元に当てる。息を大きく吸い込み、そして吐く。覚悟を決めたように彼女は目をつむった。そして、再び目を見開く。そこにはもう迷いはなかった。悪魔の爪をゆっくりと開き、足を前に出した。


『ごめんね、八仙。貴女にばかり辛い思いをさせて』

「……蝶華」

「やめて、どうしてよ蝶華!!」

『貴女にも謝らないとね、禹夏。私はいつも夢ばかり見ていて駄目な女の子だった』

「違う!そんなことない!蝶華の理想は立派だった!」

『私が甘かったから、貴女にこんな惨いことをさせてしまった。本当にごめんなさい』

「やめて、やめてよ蝶華!!」

『もういいの。一緒に地獄に行きましょう』

「――――ッ」


 彼女は自分の両腕を身体に巻きつけるよう回した。それは、はたから見れば一人の人間が自分自身を抱いているだけに見えた。でも私たちには、蝶華さんが禹夏を抱きしめている姿が、確かに見えた。彼女は――禹夏は、一瞬大きく目を見開き、それから泣きそうな顔で俯いて首を横に振った。一度、二度、首を振ると、動きを止めて顔を持ち上げた。


 そこに、禹夏はもういなくなっていた。

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