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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~四凶と八仙花~ 編
195/208

第三ラウンドの準備だよ

「あれ~☆ ハカセどこいってたの~☆」

「おう、入口以来だなきらり。元気そうで何より」


 ハカセは前方の蝶華を一瞥すると、ふっと息を吐いて首をごきりと鳴らした。


「なるほどね、聖女と悪魔の……『扉』をどうにかするつもりかい?」

「あら、貴女も知ってるのね」

「…………おい真理矢!!」


 ハカセは叫ぶと同時に何かをこっちに放ってきた。危うく落としそうになりながら受け取ってみてみると、それは試験管だった。中には紫がかった緑色の液体が入っていた。


「とりあえずそれ飲め」

「大丈夫なんですかこれ」

「お前の聖女の力を上げるモンだ。悪いがお嬢さんらに直接血をやってくれ」


 ハッとしたようにみんなが私を見る。そうか、私の血をみんなにあげれば力が増す。四人同時に血を上げたことはないけど、そんなことを言っている場合ではない。私はハカセからもらった液体を一気に口に含んだ。


「おうっぶ……っ!」


 マズ過ぎる。傷んだ魚をドブに入れて煮込んで床にぶちまけたらこんな味がするんじゃないだろうか。吐き戻しそうになりながらもなんとか飲み干すと、体が熱くなってきた。じわ、と全身に汗がにじんだ感覚と共に、人間の姿に戻っていた。


「一体、何を……」

「第三ラウンドの準備だよお嬢さん」


 私は呼吸を整えながら、そばに立つ紫陽さんに黙って自分の手首を差し出した。彼女は一瞬ためらうような素振りを見せたが、私がうなずいて見せると、口を開いて鋭利な牙で噛みついた。彼女の鋭い牙は簡単に皮膚を突き破っていく。熱い。痛くはないけれど、すごく熱を感じる。どくどくと血が湧き出し、紫陽さんはそれをすすり上げる。ほかの皆も、順番に私の手を取り、自らの口元に近づけ私の血を啜っていく。

 すると、みんなの体が変異していく。千晴さんの頭から突き出した角は更に伸び、体色も赤黒く変色する。ルディさんの髪の間から伸びる狼の耳、狼の尾も毛量を増し、牙も鋭さを増す。きらりさんもその体色を毒々しいものに変え、笑顔に狂気が増した。そして紫陽さんも体躯はそのままだけど、牙や爪が黒く染まり、まるで巨大な刀剣のように鋭く黒光りしていた。

 だけど、みんなのどの姿も歪な印象を受けた。それはそうだ、みんな今は満身創痍だ。服はもはやぼろぼろで、その下の肌はあちこち出血しているし、顔色だって良くない。でも、それでも瞳には強い光が宿っていた。


「……行こう」


 紫陽さんが言うと、みんなは力強くうなずく。


「ああ」

「うん☆」

「はい!」

「ああ、行こう」


 そして皆は一斉に駆け出す。蝶華は黒い槍を手に、龍や蝶たちを操り、私たちを攻撃してくる。しかし、私たちも負けてはいない。蝶たちの攻撃をかわして、龍の突進を受け止めて、そして隙を見て反撃し、また回避を繰り返す。蝶華の傷は再生していたけれど、先ほどまでの余裕はなくなっているように見えた。私たちの攻撃はまともに当たってはいないけれど、彼女の表情は険しくなっていき、攻撃の激しさはさらに増していく。

 蝶たちの間を縫って、龍の口から水流が噴出される。水の刃は装飾の施された壁を割り、高価そうな家具を切り裂きながら私たちに襲い掛かる。私は必死になって避けるが、避けきれない分は紫陽さんが防いでくれた。足を引っ張っている、そう思い唇をかむと、ぐいと襟首を引かれた。見れば、ハカセだった。ハカセは紫陽さんに目配せして、私を物陰に引きずっていく。


「危ねえからここにいろ!」

「は、はい……」

「何もできなくて悔しいのはわかるが、私らじゃどうにもできない相手だ」


 それは分かっている。蝶華は、傷ついているとはいえ覚醒した四人を相手に対等かそれ以上に戦える相手だ。とてもじゃないけど私なんかでは歯が立たないだろう。私は前方をうかがうハカセの後ろ姿をじっと見つめていた。何やら難しい顔をしている彼女は目の前の戦いよりも、なにか別の事を危惧しているように見えた。


「ハカセ――」


 私の声は轟音にかき消された。周囲に三か所の煙が上がり、それが晴れると千晴さん、ルディさん、きらりさんの姿があった。彼女たちは肩で息をしながら、蝶華を見据える。全員が全員、生きているのが不思議なくらい傷を負っていた。千晴さんの角は折れ、体中に槍でつけられたであろう切り傷や刺し傷が見える。ルディさんの尻尾は途中からちぎれかけ、右腕も力なく垂れ下がっている。きらりさんも片腕がなく、右足もおかしな方向に曲がっている。唯一、戦いを続けているのが――。


「グアアアア!!」

「紫陽さん……!」


 紫陽さんが雄たけびを上げ、蝶華と戦っていた。水流の刃を爪で捌き、漆黒の槍を歯で受け流し、蝶華に向かっていく。もう蝶華の顔に余裕はない。紫陽さんもすでに限界を迎えているのだろう、動きは鈍くなっている。姿勢を崩した紫陽さんに蝶の大群が襲い掛かる。紫陽さんは大きく息を吸い込むと、建物が震えるほど大きな声で叫んだ。その大声は衝撃波となり蝶たちに直撃し、枯葉のように落下していく。


「っ……!」


 蝶華は苦悶の表情を浮かべる。彼女もまた無傷ではないのだ。しかし、それでもなお彼女の力は圧倒的だった。槍を振り回し、水龍を操る。それらは全て紫陽さんの体に突き刺さるが、それでも彼女は止まらない。彼女は再び叫び飛び上がると、爪を振るった。蝶華は水龍で迎え撃ったが、紫陽さんの左腕の一振りで龍の首がはねられた。残った右腕を、蝶華の顔面にむけて振り下ろす。

 捉えた、そう思った瞬間鮮血が飛び散った。だが、次の瞬間、私の視界から紫陽さんが消えた。一瞬、どこに行ったのか分からなかった。ただ、気づいた時には紫陽さんは地面に倒れ伏していた。そして、彼女の体から流れ出る大量の血液が地面を濡らす。彼女の体には、黒い槍が突き刺さっていた。肩で息をしている蝶華の腕から、獲物がなくなっていた。


「……う、ぐぅあっ!!」


 紫陽さんは突き刺さった槍を引き抜き、立ち上がったが、たたらを踏んで立っているのも辛そうだった。紫陽さんを支えるように、千晴さんたちも蝶華に向けて立ち上がった。なんで私は何もできないんだ。今日何度目かもわからない考えにとらわれていると、また博士が私に近づいてきた。


「よう真理矢、次で決めるいい頃合いだ、準備しろ」

「準備って、私に何かできるんですか?」

「前みたいなちゃんとした装備はもってきてないがな、簡易的なものなら持ってきた」

「! だったら……!」

「いいか、チャンスは一回きりだ。こいつらが切り開いた隙に一発たたき込め!」


 博士が手渡してきたのは、小型の拳銃のようなものだった。使い方は分からないが、私はそれをしっかりと握りしめた。物陰から這い出て、紫陽さんたちの後ろに立つ。皆は背中から見てもわかるほどに、今までにないほど傷を負っている。これは本当に一回勝負だ。蝶華がこちらに気づいていないことを祈るしかない。私はそっと背に銃を隠した。


「もう十分、そろそろ決着をつけましょう」


 蝶華は再び槍と水龍、無数の蝶を生み出し、それらを一斉に放った。

 私たちは決死の覚悟でそれらを迎え撃った。


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