蝶と白衣
「遅くなってすまねえ!」
「あはは~☆ ギリギリだったね~☆」
「助太刀するよ!」
3人は私達を守るように、『蝶華』との間に割って入った。
「……皆、無事だったの……!」
「おいおい、いつもの四字熟語はどうした?」
「冗談言ってる場合じゃない、それになんなんだガラスを突き破って入ってきたりして」
「ああ? 歩くの面倒だったから黒牛野郎にぶん投げてもらったんだよ」
「あはは~☆ あの人来てたんだ~☆」
みんな軽口を叩いてはいるけれど、その視線は目の前の蝶華にじっと向けられていた。今まで戦ってきた相手とは次元の違う相手。それは戦闘能力の無い私ですら感じていた。強力な力を持つ悪魔憑きの皆よりも、もっと桁外れの力をもった存在。聖女と悪魔憑きの力を併せ持つ敵だ。頭が固いだけのゴブリンな私とはずいぶん違う。
「ま、こいつぶっ倒しゃあ終わりなんだよな!!」
千晴さんは飛び掛かり刀を振るったが、蝶華の髪に弾かれた。蝶の羽のような頭髪は刀を弾くほどの強度になっていた。蝶華は後ろに下がり距離を取ると、再び大量の蝶を召喚して攻撃してきた。とっさにきらりさんがスマホから伸ばした無数の触手で蝶たちを叩き落す。その隙間をぬってルディさんの弾丸が通り抜け、蝶華に襲い掛かる。しかし、それも蝶の壁に阻まれて、蝶華には届かなかった。
「すごい攻撃ね、私の『鍵』たちが負けたのも頷ける。でもまあ、これだけの力があれば……うん、あなた達で代用するから構わないわ」
「わけわかんねえ事言ってんじゃねえ!!」
千晴さんが叫びながら飛びかかったが、無尽蔵に生み出される蝶の大群に阻まれた。蝶たちは千晴さんの手足を掴み拘束すると、そのままこちらに向けて放り投げた。飛んできた彼女はきらりさんが触手で何とか受け止めたけれど、衝撃に耐えられずに二人で地面を転がった。投げられた千晴さんと共に襲い掛かってきた蝶たちをルディさんは素早く銃で撃ち落とした。蝶華は余裕の表情だ。蝶たちも相変わらず、群れを成してゆらゆらと宙を泳いでいる。
「いってぇ……」
「あはは~……☆ お尻ぶっけた~☆」
「不用意に飛び込むな!!」
千晴さんときらりさんをカバーするように位置を変えたルディさんのもとに、私と紫陽さんは合流した。横に立ってみて気が付いた、みんなボロボロだ。あの強力な悪魔憑きたちと戦ってきたんだ、それは当然だろう。私は聖女の力を使ってみんなを回復させた。ゴブリンの耳から血が出た。痛い。けど、気にしている場合じゃない。私は、正面から戦うことはできない。だから少しでも、役に立とうと思った。
「なるほど、貴女もちゃんと聖女の力を持っているのね。でも全然使いこなせてない」
蝶華は両手を胸の前で合わせた。両手から黒と白の粒子が現れ、彼女の手の上で混ざっていく。黒い粒子は徐々に固まり、黒く輝く槍になった。そこかしこに蝶の装飾が施されたそれをくるりと回してから、蝶華は私に向かって投げてきた。速い、 避けられない。そう思った瞬間、私の前に紫陽さんが躍り出て、爪を振り上げてその攻撃を受け止めた。ガツンという鈍い音が響いた後、私の頬の横を槍がすり抜けた。
「……大丈夫?」
「あ……ありがとうございます、紫陽さん」
「なるほど、なるほどねえ……」
蝶華は一人でうんうんと頷く。
「聖女の力を宿した悪魔、それに八仙たち四人の悪魔憑き。貴女たちの仲間……ハカセだったかな? あの人は私と同じことをしようとしているのかもね?」
蝶華が何を言いたいのかわからなかった。みんなの顔を見回してみても、私と変わらない反応だった。
「皆してわからないって顔をしているね、ゴブリンの聖女さん。まあ、知る必要はないよ。貴方にはここで死んでもらう」
そう言うと蝶華は両手を真上に上げた。今度は白い粒子が集まっていく、それはやがて白く輝く杖へと形を変えて、地面に刺さった。杖を中心にして白い粒子が渦を巻き、巨大な魔法陣が浮かび上がった。そこから、一匹の龍が姿を現した。その体色は青白く、体の周りを水流が渦巻いている。水龍の悪魔――これは、禹夏なのか。
動けないでいる私たちの前で、蝶華は水流に乗って優雅に舞うように動き回る。そして杖を一振りすると、龍と共に大量の蝶たちが津波のように襲い掛かってきた。きらりさんが触腕を広げて防御するが、圧倒的な数に押しつぶされるように倒れ込んだ。千晴さんとルディさんも応戦したが、龍の突進ですぐに弾き飛ばされてしまった。
「皆さん! 大丈夫ですか!?」
「あはは……なんとか……」
「クソ、めっちゃ強えなコイツ」
「やれやれ、どうしたものかね……」
私たちは必死に立ち上がって、攻撃を再開するが焼け石に水だ。それどころか蝶たちに翻弄されるように吹き飛ばされてしまう始末。私は何もできない。そんな時、背後で突然大きな爆発音がした。瓦礫が私の頭を直撃する。ゴブリンじゃなきゃ死んでた。頭をさすりながら音の方を見ると、そこには白衣の人物が――ハカセが立っていた。
「よお、派手にやられてんなお嬢様方?」