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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~四凶と八仙花~ 編
192/208

闇から覗く顔

 十字架は先ほどまで禹夏が座っていた場所に鎮座していた。紫陽さんの一撃を食らってわずかにガラス面に傷がついているのみで、中の蝶華さんは傷一つない。それ自体はおかしい事ではない。でも、何故かこの蝶華さんの十字架に強烈に違和感を感じる。

 彼女は間違いなく死んでいる。にもかかわらず、何故だか――禹夏よりも生気を感じるんだ。私は二人の戦いを背に、十字架の裏側に回って調べ始めた。前面がガラス張りなのに対して、背面は真っ黒だった。光の加減か、それとも何か異様な物体なのか、まるで十字架の形に闇が広がっているようだった。ただの機械には見えない。

 目の前の十字の闇に、私の違和感の正体があるような気がした。私が恐る恐る手を伸ばし、ゴブリンの指先を触れさせようとしたその時、横から何かがぶつかって来た。


「油断も隙も無いなあ!!」


 その何かは、いつの間にか生えていた禹夏の尻尾だった。その尻尾で脇腹を思い切り打たれ、私は壁に思い切り叩きつけられた。肺の中の空気が、内臓から滲み出た血と一緒に口から噴き出た。気が付けば、禹夏の体には鱗のようなものが生え、青い竜人のような姿になっていた。紫陽さんが私を呼ぶ声が聞こえた。だけど、私の頭の中は禹夏の体の変化や自分のダメージよりも、降ってわいた疑念に支配されていた。


 十字架に私が触れるのを嫌がった?

 紫陽さんの攻撃は受けさせていたのに?


 息苦しさと痛みをこらえながら、もう一度視線を十字架に向ける。やはりそれは真っ暗で、何の変化もないように見えた。だけど、何かが引っかかる。私に追撃を加えようとした禹夏に、紫陽さんが飛びかかる。二人はもつれ合い、絡み合い、そして床へと倒れ込んだ。私は二人が縺れ合っているうちに私は立ち上がり、よろめきながらも十字架へと近づいて行った。近づくにつれ、ますます強く感じる違和感。


――どうして、どうしてこんなにも生きているように見えるのだろう。

――いや、まて。

――生きている『よう』ではなくて、これは――。


 私がそう思った瞬間、背後で大きな物音がした。振り返ると、そこには壁に押し付けられるように胸を貫かれた禹夏の姿があった。口から血が噴き出し、憤怒の表情を浮かべる紫陽さんにかかった。紫陽さんは瞬時動きを止めたけど、すぐに雄叫びを上げて禹夏を何度も串刺しにした。

 血や鱗が飛び散り、長い竜の尾が痙攣し始める。紫陽さんはひときわ深く尖爪を突き刺すと、禹夏の体を持ち上げ思い切り放り投げた。禹夏はズタボロの体で何度か地面を跳ね、ぼろきれのように床に倒れた。あの傷では生きてはいない、そう思ったのに、禹夏は平然と立ちあがった。

 やっぱり何かがおかしい。悪魔憑きの再生能力は異常だという事はもちろん分かっている。きらりさんなんかはその筆頭だろう。でも、彼女だってあんなにズタボロにされてすぐに立ちあがるなんて芸当はできない筈だ。体の一部を失った時は再生に数十秒はかかっていた。でも禹夏は違う。まるでダメージなど無いかのように――痛みを感じない、操り人形のように立ちあがってくるのだ。


「やれやれ、随分と痛めつけてくれたな」

「……禹夏、あんた、一体……」

「流石のパワーだけどもね、ずいぶん息が上がっているよ八仙……でも、これ以上やられるわけにはいかないなあ。これも一応大切な『鍵』のひとつだからな。私のような『鍵』はそうそう作れるものではないからね」

「……何を言ってる?」

「別に何も。お前の強さに敬意を表するって言ってるんだ。だから……見せてあげよう」


 禹夏はとめどなく血を滴らせながらも平然を歩き、革の裂けた古いソファへと腰掛けた。かつてはVIP客が腰掛けていたであろうソファが禹夏の血で汚れ、そのひび割れに血が染み込んでいく。禹夏は千切れかけ、骨まで見えている腕をゆっくりと持ち上げ、指をパチンと鳴らした。瞬間、先ほどまで何事もなく動いていた禹夏の体がだらりと弛緩した。それはまるで――操り人形の糸が切られたかのようだった。


 私はそこである事に気が付いた。目の前にある十字架の背面、その黒い部分。その闇の中に――何かが居る。それは何か、とても強い意志を持った存在だった。暗闇の中で、じっとこちらを見つめている。これは一体なんだ――。私の疑問に答えるかのように、闇の中かから何かがずるりと顔を出し、私の瞳を覗き込んできた。闇に中から現れたとは思えないほどの、可愛らしい顔立ちの少女。ついさっきまで、十字架の中にいた少女だ――。


 闇から現れたのは、蝶華だった。

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