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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~四凶と八仙花~ 編
190/208

十字架

 入口の扉が開かれる。


 左右に開いた扉の向こうには紫陽さんが立っていた。私は縛り付けられて地面に転がったまま紫陽さんを見た。禹夏(うか)は入り口に背を向けたまま動かない。彼女は私を見ると一瞬ほっとしたような表情になり、すぐに顔を引き締め、私たちの方に――禹夏に向けて歩を進める。赤地に金の刺繡の入った絨毯が、紫陽さんの重さでわずかに沈む。私と禹夏のいる場所に上がるための数段の階段に足をかけたところで、禹夏が笑った。


「来たね、八仙(バーシェン)


 禹夏は貼り付けた笑みのまま、階下の闘技場に向けていた視線をゆっくりと紫陽さんに向けた。下の闘技場では、千晴さんが戦っている。おそらく、ほかの場所でみんなが戦っているんだろう。


「……真理矢を放せ」

「お望みどおりに」


 禹夏はすんなりと了承し、私の縄に手にした長い杖を引っ掛け放り投げた。縄にとらわれた哀れなゴブリンが宙を舞い、紫陽さんはそんな私を受け止めてくれた。彼女は私を安心させるように微笑み、縄を切ってくれた。その間に禹夏が不意打ちを仕掛けてくることもなかった。


「ここ、覚えているかな」

「……蝶華を、殺した場所……忘れるわけない」


 紫陽さんの全身がぶるりと震え、彼女の爪や牙が音を立てる。その様子に、私は思わず紫陽さんの服の裾を握った。彼女から伝わってきた感情はとても複雑だ。その中にあるのは怒り、憎しみ。そして悲しみ。彼女がどれだけ蝶華さんのことを想っていたのかが、僅かに握った裾からも伝わってきた。紫陽さんは私が服の裾を握っているのに気が付き、僅かに肩の力みが取れたように見えた。


「お互い、色々と変わったね……でも、ここはあの日のまま……お前が突き破って逃げたガラスもそのまんま……」

「…………」

「今お前が踏んでいるその血痕も、蝶華のものだ。私が、そこで蝶華を殺した証……私たちが、大好きだった蝶華を、そこで……」

「……どうして、どうしてなの……?」

「蝶華はね、悪魔憑きの開放を目指していたんだ。そこのゴブリンには話したけれどね」

「それのなにが不満なの!?」


 禹夏は私を見てふっと鼻で笑った。


「不満なんてない。私は蝶華の理想を邪魔する奴を殺す。それが私の生きる意味、ただそれだけ……蝶華の理想は『悪魔憑きたちが平和に暮らせる世界』だった。私は何度もその話を聞かされた……人間と悪魔付きの『融和』、悪魔憑きと人間が仲良く暮らす世界をあの子は求めた……聞いているうちに私は思った。『ああ、これは失敗する』ってね」

「……しっぱい?」

「やっぱりお前は知恵がない。不可能に決まっているじゃないか。自分たちより遥かに能力の高い上位存在が居ることを『世界』は許さない。差別され、迫害され、隔離され、管理される。いつ暴走するかもわからない悪魔憑きが人里に暮らせると思うか? 隣人として受け入れられるとでも? 絶対にうまくいかない、世界はそういう風にできていないんだ」


 禹夏の言葉に、私は反論できなかった。確かに、私たちの社会は悪魔憑きを異質なものと認識し、歓迎していない。私たち悪魔憑きを恐れ、憎み、排除しようとしている。私だって、その気持ちは分かる。私もこの姿になった時の周りの視線を覚えている。化け物を見たような目つきで、彼らは私を見ていた。今でも思い出せる。


「だから私は蝶華を説得した。我々の力を誇示し、人間たちを従えるべきだと。それができないならどこかの土地でも島でも切り取って『国』として隔絶すべきだと……何度も何度も、何度も……でもあの子の考えは変わらなかった。だから私は、あの子の理想、『悪魔憑きたちが平和に暮らせる世界』を作るために、蝶華を殺したんだよ――」


 紫陽さんは長い爪の生えた悪魔憑きの手を握りしめた。


「……理想を実現するために、殺すなんて間違ってる……! そんなの私でもわかる……!!」

「あの子の理想は『悪魔憑きが平和に暮らす』ってことだ。だがあの子は世界を分かってない。人間の醜さを理解していない。このままじゃ絶対に蝶華の理想は実現できない……あの子の理想を実現するための一番の障害は――蝶華自身だったってことさ。私の生きる意味は、『蝶華の理想を邪魔するものを殺す』、それだけ……大好きな蝶華のために、私はその障害である蝶華を殺したってこと……」


 ぎちぎちと音を立てて、紫陽さんの爪と牙が鋭さを増していく。その様子に、私はぞくりと背中に冷たいものが走るのを感じた。この二人は、いや蝶華さんを入れれば三人は同じ目的のために生きていたのに。なんで、こんなことになってしまったのか。


「……禹夏、お前……ッ!!」

「蝶華の理想を実現させるためには八仙、あんたの力が必要なんだ」

「…………っ!」


 禹夏は、もう一度感情のない笑みを浮かべ、


「八仙、協力しよう。蝶華のためにも――」

「――っ!! フザけるなぁああ!!!」


 紫陽さんは叫びと共に、彼女は禹夏に飛び掛かり、爪を振り下ろした。その一撃は禹夏の目の前に現れた何かで防がれた。金属がこすれる様な音がして、紫陽さんの爪が止まる。紫陽さんの爪を防いだのは、巨大な十字架だった。よく見ればそれはただの十字架ではなく、巨大な培養ポッドのようなものだった。その中には人間が入っていた。それは――。


「――蝶華……っ!?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ああ。 理想家の理想は美しくて 地べたを這う実務家には そりゃあ眩しいですからね。 理想を掲げて 足下が暗い その暗さをいくら言っても 理想家ってやつは つまずきますからね。 解っちま…
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