その③
着いたのは何の変哲もない大型家電量販店、だった建物。すぐ横に危険区の看板があるので、その影響で潰れてしまったのだろう。電気屋さんかあ、そういえば食洗機とかほしいなあ。
てなこと言ってる場合ではない。この中に悪魔憑きが潜んでいるらしい。
「ここ一応危険区じゃないですよね」
「そうだね、でも危険区の外にも悪魔憑きは沢山いるよ」
「そ、そうなんですか」
「聖歌隊が捕まえただけでも連日ニュースで見るよね。そうなれば、それ以上に潜んでる連中も……」
「多くなる?」
「そう、よく分かったね」
にっこりと微笑み頭を撫でてくれる。子ども扱いされてるようだけど、イケメン美女にされると悪い気はしない。せっかく人間体に戻ったんだから乙女な気分に浸ってもいいじゃない。
「それじゃあ今回も聖歌隊からの仕事ですか?」
「いいや、今回は個人の依頼だね。悪魔憑きに襲われたって」
「なんで聖歌隊に言わないんですか?」
「それは――」
突然、足元のコンクリートが弾ける。
ビックリしてゴブリンに戻る体。
はじけ飛ぶ服。
「ああああ!! お気に入りだったのにいいいい!」
久々のお出かけだから張り切ってコーデした服が、一瞬にして全てはじけ飛んだ。残されたのは薄汚い腰布のゴブリンと散乱した買った物たち。
「大丈夫、その姿でもかわいいよ」
「嬉しくないですよそんなこと言われても! ああ!卵も割れてる!」
「買い物袋はその辺に置いておこうか」
「許せません、倒しましょう!!」
「仰せのままに」
王狼さんは背中の長い銃を手にした。銃身がみっつもある奇妙なその銃を構えると、引き金を引いた。オオカミの頭があしらわれた銃口から三発の銃弾が飛び出し、壊れた窓に飛び込んでいく。
「ん、かわされたね……」
「見えたんですか?」
「思ったよりやる奴みたいだね、離れないで」
言われた通りにぴったりと王狼さんに張り付いて移動する。銃を上階に向けて構えたまま、ゆっくりと前進していく。入口まで入ると、昼間だというのに薄暗くて奥の方が見えない。
「これじゃ何処からくるのか……」
「あの子たちの力を借りようか」
王狼さんがそう言うと銃身が光り始める。淡い青色の光はみっつに分かれて地面へと降り、その場には長銃の代わりに小さな女の子たち三人が現れた。
「よし! お手伝いするの!」
「私たちに任せてよ!」
「んぁ、るでぃ……」
女の子たちは口々にわめき、王狼さんにまとわりつく。一番元気がいいのがルルちゃん、ツリ目でしっかり者なのがロロちゃん、いつでも眠そうなのがスゥちゃん、だったかな。王狼さんにとりついた悪魔だそうだが、見た目は可愛い幼女だ。
悪魔が可愛くて聖女がゴブリンとはこれいかに。
「ルル、ロロ、スゥ。この中に居る魔物を探してくれるかな」
「まかせてほしいの!」
元気なルルちゃんがぽんと胸を叩くと、三人はすんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ始めた。いや、一人はうつらうつらしていて働く気がなさそうだ。
「スゥちゃんしっかりお仕事してほしいの!」
「むり……」
「スゥはどうしてそうなのよ!」
「ねむいから……」
わちゃわちゃとしていた三人だったが、ルルちゃんが突然バっと腕をあげた。
「むむ! 上に魔結晶がたくさんあるみたいなの!」
「そうか、それはまずいね」
「え、なにがまずいんですか」
「魔結晶がどういう物か知ってる?」
「えっと、晶油石のことですよね?」
魔結晶、晶油石とも呼ばれるこれらは、魔物が現れたと同時に世界中に現れた。毒々しい色をしているいかにも魔界の石、といった風貌だが、結晶の中には未知の液体で満たされており、それが石炭や石油とは比べ物にならないエネルギー資源となった……と学校で教えて貰ったような。
「晶油石、ね。実はこれ、魔素がにじみ出てるんだよ」
「え、でも学校じゃそんなこと……」
「出ている魔素は微量だからね。政府は公表してないし、人が浴びても大した問題はない。でも、悪魔憑きとなれば話は別。凶暴性が増してしまう」
「そうだよ! がおー!」
ルルちゃんが丸く尖った歯を見せる。
この子がやると可愛いだけなんですが。
「有害物質も出ないエコなエネルギーだなんて言われて、今や発電やら車なんかにも使われてるけどね。実際は排ガスや気化した煙に魔素が含まれてるんだ」
「でも、悪魔憑き以外の人にはその、魔素は関係ないんじゃ」
「そう思いたいんだけどね。魔素を摂取し続けた者は悪魔憑きになりやすくなるんだ。あくまで憶測だけど、いいエネルギー源として人間に使わせ、魔素を取り込ませることでより多くの人間を悪魔憑きにしてやろうっていう悪魔側の策略なのかもね」
「な、なるほど」
「とにかく、これが沢山あればそれだけ強く――」
一瞬の出来事だった。何かが私たちに向けて飛びかかってきた。三人娘は一瞬で銃に戻り、王狼さんが応戦したがその攻撃はかわされ、私たちは突進をモロに受けてしまった。
王狼さんは床を転がり、私は窓から放り出され、喉から雄叫びのような悲鳴を轟かせた。