ルディVS窮奇
「どうした、何もしてこないのか?」
長い階段の中腹に陣取る悪魔憑きが、指の間に挟み込んだ髪の毛のような針を苛立たし気に揺らした。針をもっていない手には巨大な鎌が握られていた。風を思わせる意匠が施された大鎌は、軽く振るうだけで突風を巻き起こす。
それゆえに、ルディは攻めあぐねていた。狙撃銃の大型弾の貫通力も、通常弾の弾幕も、そのことごとくが風の壁に阻まれる。打撃戦に持ち込もうと飛び込んでも同じことで、風にあおられた木の葉のように吹き飛ばされる。
戦闘する場が広い室内だということもルディに不利に働いていた。無理な力押しを覚悟するほど狭い室内ではなく、また距離を置いて狙撃できるほど広くもない。半端に与えられた選択肢がルディの判断を曇らせている。どうどうと流れ落ちる人口の大滝の音が今のルディには不快だった。
「やれやれ、お互い決定打がないようだね」
「貴様ごときを私と同列で語るな……ああ、イラつく……」
「今度いい店を紹介しよう、そこのミルクティーは絶品で――」
放たれた針を狙撃銃の重心で弾き飛ばす。そのまま三つの銃身から弾丸を放つが、結果は変わらない。軽く振られた鎌が巻き起こす旋風に銃弾が遮られる。二人の周囲には銃弾と針が散らばっていた。
『ルディ! このままじゃまずいの!』
『エネルギー切れになっちゃうよ!』
『……つかれたぁ』
脳内へ響く三つの声に、「分かっているさ」と答えたルディだったが、現状を打開する策は思い浮かんでいなかった。彼女の懐には真理矢の血で作った薬が収まったままだったが、なんの勝算もなしに無駄遣いはできない。
放たれる針をかわし、弾き、思考を巡らす。覚醒状態となって力押しはあまりに無策だ。だがこのままではこちらの体力が尽きてしまう。もう少し粘って仲間の到着を待つか、それではあまりに消極的だ。
「逃げてばかりでなにもしてこないのか?」
「キミこそ当たらない攻撃ばかりじゃないか」
「……さっきからイラつく勘違いをするな」
瞬間、ルディの腕から血が噴き出た。突然の出来事に驚いたのか、ルディは足を滑らせ体勢を崩した。地面を踏みしめ姿勢を戻すと、血の流れる腕に目をやった。
(これは……)
ルディが思考をまとめる前に針が追い打ちをかけてきたが、ルディは難なくかわした――はずだったが、今度は彼女の首元から血が噴き出す。とっさに首に手をやるが傷は深くない、それどころか針もない。目に見えない針でも放ったかと予想したルディは困惑した。
「表情が崩れたな、誠実そうな顔が乱れるのはいいものだ」
「……!」
「軽口も言えなくなったか、結構――」
悪魔憑きは大鎌を大きく振り、自身の周りに風を巻き起こした。彼女を中心に吹き上がる風は目視できるほどの勢いで、その気流の中に針が流れていく。数多の針が高い天井付近で風にあおられ浮遊している。大鎌の悪魔憑きは今度はその獲物を振り上げ、ルディを見下ろした。頬を歪めて笑うと、
「……ここで死ね」
小さくつぶやき、鎌を振り下ろした。風の流れが変わり、ルディに向けて風が吹き始める。体幹がぶれるほどの暴風に乗って、浮遊していた針たちが雨のようにルディへと襲い掛かる。
「これは、まいったね……」
首筋を流れる汗を感じながら、ルディも小さくつぶやいた。