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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~四凶と八仙花~ 編
186/208

自分

 金銀の煌きは地へ降り、その煌きの中心には千晴が立っていた。


「助けにきといて、やらそうになってんじゃねえ、よ……!」

「俺は頼んでねぇ――」


 牛窪が言葉を切ったのは、千晴の体を覆う金銀の鎧が塵となって消えたからだ。千晴は膝をつき、立ちあがろうと足に力を込めるが、彼女の脚はがくがくと震えるばかりで言う事を聞かなかった。


「クソが……!」

「休んでろ……って言っても聞かねえよな?」

「あたり、まえだろ……」

「じゃあ俺がやられそうになったらバトンタッチだ、それでいいな」


 牛窪は千晴の返事を待たずに、転がったままの悪魔憑きに向き直った。牙を失った悪魔憑きは、先ほどまでとは打って変わって緩慢な動作でのそりと体を起こし、自身の口内へ手を突っ込み、牙が二本失われたことを確認した。


「……なんで俺がまた転がされてる?」


 口内から手を引き抜くと、悪魔憑きはぶるりと大きな胴震いをして立ちあがり、丸太の様な足で鉄柵のリングを思い切り踏み鳴らした。金属が擦れ合う不快な音と共に、悪魔付きの二本の牙が先ほどよりも長く鋭く変異して再生した。

 それだけにとどまらず、衣服だったはずの赤黒い獣毛が肉体と一体化する。いっそう人から外れた赤黒い獣が、千晴と牛窪に向けて咆哮する。音が大気を震わせ、圧となって襲い掛かる。


「ナゼ死なナイ!! サッサと死ね!!」

「物事ってよ、過程のほうが大事だよな?」

「あァ!?」


 牛窪は不敵に口元を歪め、両の手を広げて大牙の悪魔憑きに歩み寄る。瞬間、千晴はため息を吐いた。自分と対峙した時と同じだ、何気ない世間話とともに牛窪の放つ圧が増していく。かつて対峙したときより、その圧は増している。


「汚ねぇ手つかって勝って気持ちいいか? 弱った相手に勝って気分が晴れるか?」


 牛窪が一歩葦を踏み出すごとに、空気が重くなる。圧を向けられていない千晴でさえ、肌に痛みを感じるほどの圧。大牙の悪魔憑きも、下がりこそしなかったが、無防備に近づいてくる相手に、攻め時を完全に失っていた。


「他人が勝ったの見て心臓が震えるか?」


 牛窪は大牙の悪魔憑きの数メートル手前で足を止めた。


「ちげぇよな――」


 牛窪は彫物の入った黒い腕に力を込め、拳と拳をガチンと打ち鳴らした。聖歌隊の装備の白毛のマントが衝撃でたなびき、獅子のような白たてがみも震えた。かつての牛窪にはない、荘厳さすら感じる圧力が、全身から放たれる。


「直接戦り合わなきゃつまんねえ、だろ?」

「うるセぇ!! サッサと死ね!!」

「死ぬのは結果だ、それだけ見ててもなんも面白くねえ」


 今にも飛びかかりそうな怒気を放る大牙の悪魔憑きに、牛窪は拳を突き出した。


「命を取んのが面白れぇんじゃねえ、命の『やりとり』をするのが面白れぇんだ。いろんな奴といろんな戦いをして、そんで俺はまた強くなる、それが最高に気持ちいいんじゃねぇか……」


 牛男の顔が狂喜に歪む、その声は語尾が興奮で震えるように上がっていく。大牙の悪魔憑きは牛窪の圧を跳ね返すように全身から怒気を放ち、そのままの勢いで殴りかかった。


「いいカラ死ねェ!!」

「そりゃ無理な話だってのがわかんねえか!!」


 突進してきた大牙の悪魔憑きの拳を、牛窪が脳天の角で受け止める。微動だにしない牛窪と対照的に、鉄格子のリングは今までにないほどに軋み、揺れた。牛窪は首の力だけで拳を押し返した。


「てめえは最後しか見てねえ、だから成長なんてできねえ。そんな奴に俺らが負けるわけねえだろうが!!」


 牛窪は姿勢を崩した大牙の悪魔憑きの顔面に拳を叩き込んだ。大牙の悪魔憑きはよけようともせずにそれをそのまま顔で受け止め、牛窪の胴体に獣じみた腕を振りぬいた。牛窪は自分の肉が潰れ骨が軋む音を内側から聞きながらも、ひるまず拳を振るった。



「――オラァア!!」


 二撃目が顔面に当たり、大牙の悪魔憑きも耐えきれずにたたらを踏んだ。だが、回復や回避といった考えはハナからないようで、ふらつきながら手打ちの攻撃を繰り出す。手打ちとはいえ巨大な腕が降られればそのダメージは甚大だ。だが、それを受けた牛窪は口の端から血を流しながら笑った。


「ぜんっぜんきいてねえぞオラァアアアア!!!」

「サッサと死ねッテんだゴラァアアアアア!!!」


 互いの拳が交差し、互いの体にめり込む。相手の顔が潰れる感触、自分の顔が潰れる音。肋骨が折れる音、筋繊維が切れる音、内臓が痛みに震える感触。そのひとつひとつが常人ならば——並みの悪魔憑きならば悶絶する痛みにも関わらず、牛窪も大牙の悪魔憑きも一歩も引かずに拳を突き出し、振るい続ける。

 血まみれで互いの肉体を破壊しあうその光景は、もはや殴り合いの域を超えていた。悪魔憑き同士が互いの享楽のために目の前の相手を痛めつける。それは獣戦いですらなく、人間の――悪魔の戦いでしかなかった。

 血にまみれた拳が交差し、互いの顔面を押しつぶす。ふらりと同時に姿勢を崩した二人だったが、その場に踏みとどまって体制を立て直した。牛窪の顔には笑みが浮かび、大牙の悪魔憑きの顔は怒りに染まっている。


「あぁ、いいね。お前は強かったよ……敬意を表するぜ……」


 牛窪は不敵に笑うと、右こぶしを握り締めた。右腕の手甲から蒼白い牛の紋章のようなものが映し出される。その蒼は徐々に黒が混じる。牛窪は深藍の紋章を右手に湛えたまま全身を捻り、引き絞るように動かすと、牛窪はまた血まみれの顔で笑った。


「今更よけたりしねえよな?」

「フザ、けろ……!」


 大牙の悪魔憑きは自身の牙をへし折り、自身の拳の指と指の間に挟み込み、そのまま握りしめた。巨大な拳は赤黒い猪の悪魔のような風貌となり、禍々しい殺気を放つ。次の一撃で決まる。離れたところで見ていた千晴は無意識に喉を鳴らした。

 静寂、その直後に二人の悪魔憑きの咆哮が鉄柵のリングを、建物全体を揺らした。猛進する赤黒の猪は、深藍の牛を捕える事はできなかった。全身の筋肉の流れを利用した牛窪の拳がほんの一瞬早く相手の顔面を捉えた。

 深藍の猛牛の突進を、自身の勢いと共に受けた赤黒の猛獣は、その場で静止していた。数秒待って、血反吐を吐いた猛獣は一歩、二歩と後ずさった。倒れまいと日本の脚が踏ん張るが、やがて力を失い前のめりに地面へ倒れ伏した。


「いい勝負だったぜ、ほんとにな」


 牛窪は顔面の血を拭い、倒れ伏す巨漢の獣に笑みを向けた。これでまた自分は強くなった。その充実感と共に千晴の元へ戻ろうとする牛窪だったが、その背後でまたしても大牙の悪魔憑きは立ちあがった。


「ウ……グゥウ……!」

「おいおい、もう勝負はついたろ?」


 呆れたように言う牛窪だったが、その余裕は表面のものでしかなかった。先ほどの殴り合いで力は使い果たしていた。相手もそうだと思っていたが、まだ立ちあがり、こちらに向かってくる。最後の抵抗、というには大牙の悪魔憑きから立ち上る殺意が強すぎる。


(これはまいったな……)


 どうしたものかと思案する牛窪の肩を、千晴が掴んだ。


「バトン、タッチだろ?」

「お前のほうがへろへろだろ」

「言い争ってる時間は無さそうだぜ」


 千晴の言葉通り、大牙の悪魔憑きは両腕を振り上げ、二人に向けて突進してきた。


「一発だ、一発で決めるぞ牛野郎!!」

「それしかねえな!」

「合わせろ!」

「おめえが俺に合わせんだよ!!」


 大牙の悪魔憑きが突っ込んでくる前に、最後の力を振り絞って千晴は飛び上がった。突然大きく動いた千晴に気を取られ上を向いた大牙の悪魔憑きの下に、牛窪が滑り込む。今度は牛窪の動きに気が付き、注意が散ったことが大牙の悪魔憑きの敗因だった。


「「せー……のォ!!!」」


 金色の煌きと共に千晴の脚が、深藍の煌きと共に牛窪の腕が、大牙の悪魔憑きの頭部を同時に捉えた。上下に挟まれた衝撃は逃げ場を失い、大牙の悪魔憑きの頭蓋を砕き、脳をぐちゃぐちゃに破壊した。衝撃は鉄柵のリングにまで伝わり、ついにその一部、大角の悪魔憑きの背後の鉄柵がひび割れ、崩落した。がらがらと崩れ落ちる鉄柵の音の中、大牙の悪魔憑きは内部で崩れた頭を支えきれず、ふらふらと辺りを歩き回り、やがてその足は止まった。


「アァ……オレは、死ヌのか……?」


 虚ろな声でそう言いながら、大角の悪魔憑きはよろよろと背ろに、崩落した鉄柵の穴へと後ずさりしていった。


「あァ、死ぬのカ……」

「そうだ、とっととくたばれ」

「――ダッたラ俺の死ハ俺だけノものダ!!誰にも渡サねェ!!」


 狂気に歪んだ笑みを浮かべながら大牙の悪魔憑きは叫び、両腕を広げて背後へ倒れていった。彼は鉄柵の穴から暗く底の見えないリングの外へと落ちて行った。彼の意識はその体と共に暗い地獄の底へと落ちて行き、小さな落下音と共に消えた。


「……あだぁっ!」


 大角の悪魔憑きが落下すると同時に、千晴もリングの上に落下した。着地する力も無い千晴は、重力に任せて地面に叩きつけられた。牛窪も彼女を受け止める体力はもう残っていなかった。二人して大の字に寝ころび、鉄格子の天井を見上げたまま荒い呼吸を整えてた。


「なあ牛野郎、今の技……」

「あぁ? なんだよ……っ」

「技名、決めるか……」

「……牛鬼挟砕拳とかどうだ」

「なんでてめえの名前が前なんだ、ふざけんな……」


 大寝ころんだまま、二人はくだらない言い争いを続けた。

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[良い点] あは。あはは。 いいね。 ははっ・・・ [一言] やっぱ牛窪好きw
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